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呉・宮島(広島)
2020年12月9日~12日
宮島 広島
列車・電車 バス.タクシー フェリー船 徒歩 ホテル
2020年12月9日(水)
JR東京駅
JR広島駅
JR呉駅
呉市大和ミュージアム
歴史の見える丘
JR呉駅
JR広島.乗換.宮島口駅
グランヴィリオ
ホテル宮島和蔵




 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒




2011年撮影⇒
安芸の宮島/正面大鳥居は140年ぶりの修復工事中

2020年12月9日 
令和2年最後の旅は、呉から安芸の宮島そして広島へ
早朝 東京駅06:00発 のぞみ1号に乗って出発。



 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒




12月9日 早朝というより まだ夜の4時起き、朝食&昼食用に🍙おむすび弁当をつくり...
...リュックにつめて出発。

東京駅発 朝一番の6:00発博多行新幹線のぞみ1号に乗車。  09:49広島駅到着

広島駅


 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒

広島でJR呉線 快速安芸路ライナー10:00発 行きに乗換えてに向かう。

この旅はJR東海ツアーズの、宮島・安芸路ミニぐるりんパス(2日間)チケット付きプラン、広島駅を中心に岩国~宮島~呉の区間は乗り降り自由。


JR呉線 快速安芸路ライナー

快速安芸路ライナー(ひろ)行きは、(さか)駅を過ぎるころから右に瀬戸内海沿岸を見ながら進んでいく。  さらに進むと、かの旧日本海軍士官養成兵学校(現在は海上自衛隊幹部候補生学校)のある「江田島」が現れる。


呉駅に到着


 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒


広島県呉市に近づくにつれ、海軍、軍港、海上自衛隊、など語句が浮かび心に少しの畏敬と緊張が湧く。広島から約30分で呉駅に到着

東京駅を6時に出て呉駅に午前10時半、もう着いてしまった。
さっき広島で下車した新幹線にそのまま乗って行くと、間もなく九州.博多に付いているのだから、日本は狭いなと思う。


呉駅前の巨大スクリュー







スクリュー・モニュメント下に書かれた「海色の歴史回廊 くれ」という文句は、呉市の観光キャッチフレーズ

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)⇒Wikipedia「戦艦大和」

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  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
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  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
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 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒


海事歴史科学館
大和ミュージアム

2021年1月放映されたNHK『ブラタモリ』呉市から

呉駅から続く陸橋を進むと数分で
呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)エントランス前に出る。
入口で「ぐるりんパス」を提示して入場券と交換、検温されて館内に入る。

大和ミュージアム 十分の一に製作された「戦艦大和」

入場するとすぐの4階まで吹き抜け大ホールに十分の一の大きさで「戦艦大和」が展示されている。

順路に従って左側の部屋に入ると、戦前・戦中・戦後の呉の歴史を伝える展示室。

原子爆弾、呉から見たキノコ雲
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  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
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広島に原子爆弾が投下され、呉からもキノコ雲が確認された。投下後には呉から救援隊や調査団が派遣され、調査団は日本で最初に原子爆弾の存在を確認した。
日本最大の海軍工廠があった呉は、アメリカ軍の重点標的となり、14回も大空襲を受けた。


入館料500円は
「ぐるりんパス」で無料

戦後間もない呉市内・等身大写真

軍港 呉は戦後も米軍の厳しい管理下に置かれた。


三輪車横のロゴは「マツダ」今に続くマツダ自動車


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  歴史が見える丘⇒
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  比治山公園⇒

順路に沿って、1階右ホールには大型資料展示室。二度と使う事がないよう願うばかりの、先の戦争に使用された展示物。


零式艦上戦闘機62型  
第二次世界大戦の日本海軍の艦上戦闘機 略称 零戦(ぜろせん)




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  歴史が見える丘⇒
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  比治山公園⇒
特殊潜航艇「海龍」日本海軍の特殊潜航艇の一種、
敵艦に体当り攻撃を行う二人乗りの有翼特殊潜航艇


大和ミュージアムを出ると、大通りを挟んで向こうに巨大な潜水艦。
次に見学予定のてつのくじら館。

潜水艦「あきしお」
てつのくじら館

潜水艦「あきしお」てつのくじら館  本物の潜水艦で艦内が見学できる。

2021年1月放映されたNHK『ブラタモリ』呉市から



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巨大な「あきしお」横に立った
Mがこびとのよう。

国内で初めて陸上展示された潜水艦「あきしお」。巨大な姿はクジラのようで「てつのくじら」という愛称で呼ばれている。館内は、呉市と海上自衛隊の歴史的な関わりや海上自衛隊の活動について紹介、掃海艇や本物の機雷を展示。潜水艦内部の艦長室や操舵席などに入ることができる。








中に入れる日本で唯一の展示潜水艦、史料館は1階から3階までテーマに沿った海上自衛隊の資料の数々が展示されている。




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「あきしお」の内部、天井や壁には機材やパイプがむき出し、通路もすれ違う時に肩がぶつかりそうなほどの幅しかない。この中で乗組員75名が任務に当たっている。




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一番奥は潜水艦の心臓部「発令所」操艦や指揮をとる場所。
ここでは実際に操舵席に座ることができたり、潜望鏡で外の様子を見せてもらえた。


潜水艦あきしお「発令所」

発令所中央に設置された潜望鏡。そこにいた艦内案内している自衛官の方に「どうぞ」と促され顔を近づけ覗いてみる。海上の遠景が双眼鏡ので見るのと同じように見える。




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「国を守る」使命感をひしひし感ずる展示館であった。出口で自衛隊員の方に丁寧にお礼して出る。
数キロ先にある戦艦大和が建造された造船所のドック跡の場所を教えてもらい歩きはじめる。


くれ町通り

大和ミュージアムを背にして山に向かってなだらかな坂道を進んで行くと両側には海軍自衛隊の施設があちこちで、この辺は、まさに戦時中海軍の心臓部があった場所なのだと実感、身の引締まるおもいをもって歩いてく。

「歴史の見える丘」


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図の上から右回りに坂町を上がってくると戦艦大和が建造されたドックを見下ろす「歴史の見える丘」が左高台に見えてくる。
急坂を上がって展望台に立つ。



戦艦大和建造ドック(呉海軍工廠)が下に見える、戦時中ここであの巨大戦艦「戦艦大和」が建造されていたんだ。戦時下日本の国家の命運をかけた巨大戦艦の建造当時は機密保持は厳重を極めて行われたらしい。

「歴史の見える丘」に建つ大和の艦橋をかたどった塔。

噫(ああ)戦艦大和塔 プレートの建塔の由来銘文

噫(ああ)戦艦大和塔は昭和44年の第30回戦艦大和の進水日を記念して建てられた。

敷地内に「呉港 呉かあらぬ 春の裾山 灯をともす」明治28年友人の出征を見送るため、正岡子規が呉を訪れ詠んだ句碑も建っている。



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「歴史の見える丘」から見る 戦艦大和建造跡に建つ現在のドック

2021年1月放映NHK『ブラタモリ』歴史の見える丘

「歴史の見える丘」からゆっくり戻り駅のショッピングモール「ゆめタウン呉」に入る。  
食品売り場を覗くと新鮮な生カキが並んでいる。呉もカキの産地なんだ「うちの近くの半額以下よ!」とM、殻付きもあったがむき身2パックで800円を保冷氷に包んで持って帰る。


呉駅13:16の電車で広島へ13:53着。



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広島駅で乗換え

14:00発のJR山陽本線・大野浦行に乗換え。14:27分今夜の宿泊地 宮島口に到着。


宮島口駅

予約しておいた、あなごめし うえの に「アナゴめし弁当」を受取りに行く。
以前来た時は店内で食べたが今回は密を避けテイクアウトにした。

   しかしその途中の地下道階段........足を踏み外し転倒!
数段転げ落ちる




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上からMの「救急車呼ぶから!」の大声がボーっとした脳裏に遠く聞こえる。
我に返って「大丈夫、大丈夫」と制し、なんとか立ち上る。
鼻上部をぶつけ、メガネも飛んで、手首、腕、膝、あちこちを強打、それだけで済んだのは奇跡のよう、頭で考える足の動きに実際の歩みがついて行かない、つくづく年齢と体力の衰えを痛感。


やっと地下道の階段を上がると目の前に「あなごめしのうえの」
メールで予約しておいたアナゴ弁当を受け取る。

店先の交差点に来ると、ちょうど駅を出たばかりの宿の送迎バスがこっちを向いて信号待ちしているのが見える。両手を振って合図すると青信号になり、こっちに向って進んできて目の前で停車、事情を話し乗せもらってホテルへ向かう。

「グランヴィリオホテル宮島和蔵」に到着、チェックイン。
まだ頭がぼ~っとしているままだが部屋に入ってやっと一息つく。



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部屋は割安な山側だがひろびろしていい部屋。一泊朝食付き、夕食はさっき買ったアナゴ弁当。

早速転んで強くぶつけた手足鼻の手当てをする。幸い上着もズボンも汚れもなく破けもせず不幸中の幸い。


ツイン24㎡ 



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さんざん
Mからお小言を言われる。 黙って頷くしかない。

一息して早速お風呂へ。 ここはビジネスホテルだが天然温泉が自慢の宿。
チェックインすぐなのでお風呂は誰もいない一人で貸切状態。

シャワーで足や腕の擦り傷を洗い流す、傷口がすごくしみたが、湯船に浸かると全然それがない、傷にやさしい温泉の効能を実感する。

ホテルなのに湯船も露天も結構大きめな浴槽の天然温泉風呂で正面に宮島を望み、なかなかいいお湯。







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お風呂でさっぱりして部屋に戻り、夕食の支度。
呉で買ってきた生カキをしっかり洗って、持参した、おろし金.大根.ポン酢を使って「カキと大根おろしのポン酢和え」が出来上がる。お風呂上り、あなごめし弁当とビールで最高の夕食になった。





   あなごめし弁当&生カキ&ビール&がんす

夕食、あなごめし弁当と生カキ&ビール&がんす。
がんす..はうまいでがんすと言う方言の 名産の揚げかまぼこ。名前通り うまかったでがんす!

「あなごめしうえの」は創業明治34年、開通した宮島駅の駅弁として販売したのがはじまり。


コロナ禍の中を広島に来て、呉では戦争を間近に感じ、宮島口駅の地下道で転んでひどい目にあったり、美味しい生カキやあなごめしを食べたり、長~~い一日が終る。

9日歩行数14395
2020年12月10日(木)
グランヴィリオ
ホテル宮島和蔵
宮島
JR宮島口駅
JR広島駅
広島東照宮
ホテルインターゲート広島

グランヴィリオ・ホテル宮島和蔵


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6時半起きて、ラジオ体操。節々に少し痛みが残るがそれくらいで支障はなさそうだ。
8時~グランヴィリオホテル宮島和蔵の朝食は一階レストラン



ホテルだが温泉付きなのでレストランは浴衣姿の方も多く。うちも朝食は浴衣で。
揚げたて海老など瀬戸内海の新鮮な海の幸が並んでなかなか美味しい。


大きな窓の外は向かいに宮島を眺めながらの朝食で気持ちいい。

10時少し前チェックアウト。お土産に宮島名物「もみじまんじゅう」を一個づつもらう。




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グランヴィリオホテル宮島和蔵ロビー

この宿では宮島への渡船が無料で利用でき、チェックアウトして宿の脇の小道を船着き場へ。渡船はカキ小屋(焼きガキ)のテント前から出ている。宿とカキ小屋店が提携しているのだろう、そこの長靴をはいた店員さんが船に誘導7名の客を乗せて出発。


小さな船なので沖に出ると少しの波だが大きく揺れ、風をまともに受けるのでとても寒かった。


ホテルの船着き場から15分くらいで宮島桟橋に到着。



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大型フェリーの桟橋から離れた場所で降りる。すぐ後から広島平和公園から来た中型客船も着いて、その船の乗客と一緒に島に向かって歩いていく。











久安2年(1146年)平清盛が安芸守に任ぜられ、夢枕に立った老僧の「厳島神社を造営すれば、位階を極めるであろう」というお告げから厳島神社を深く信仰し、舞楽、納経、刀剣美術品奉納など、都の最先端の文化を宮島に移し海辺に浮かぶ寝殿造りの社殿を造営した。

島の入口にある「ブロンズの平清盛」像、海を背に東の彼方、京の都の方向を向いて建てられている。



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前来た時よりだいぶ人通りも少なく土産物店もシャッターを降ろして休業してる店もあった。








大鳥居の屋根の葺替、塗装と部分修理工事は、令和元年6月17日から始まり、完成時期は未定で数年かかる見込み。

安芸の宮島
 厳島神社

ネットを架けられた工事中の大鳥居 


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現在の大鳥居は1875年(明治8年)建造されて140年以上経過し今は粗いネットで覆われた状態だが、考えるとこんな大鳥居を見られたのは
140年ぶりの出来事でめったにないわけなので、これはこれで希少な体験だ。


12月10日午前10時過ぎ、この時間は引き潮なので下に降りられる。ふだんなら大鳥居の下まで行って直接触れることもできるにだが工事中なので遠くから見るしかない。




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神社入口でぐるりんチケット渡し厳島神社に入る。


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厳島神社に入る。朱色の回廊が美しい。まっすぐ進み東回廊へ。





東回廊を進み高舞台から厳島神社本殿へ。



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右に右に進むと平舞台のある右楽房の先にシートに囲まれた大鳥居が見えてくる。



厳島神社/宝物館

平舞台の火焼前(ひたたき)先端から正面に大鳥居。この広場も潮の満ち引きで一面海原に隠れるのだ。


本殿側から拝殿を背に、高舞台、左に左門客神社、右に右門客神社、正面に大鳥居。↑


2011年撮影⇒
↓逆向きに大鳥居方向から本殿を見る..

神様に奉納される舞楽が舞われる「高舞台」



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厳島神社・拝殿、奥の厳島神社本殿を参拝して、出口から厳島神社/宝物館を見学する。

宝物館には代表的な平家納経を初め重要文化財が約260点余が展示されている。
宝物館/平家納経
『法華経』30巻、『阿弥陀経』1巻、『般若心経』1巻、平清盛自筆の願文1巻と、経箱・唐櫃からなる。清盛の願文に「善を尽くし、美を尽くし」とあるように経典に施された装飾は絢爛豪華で、平家の栄華を今に伝えている。平安時代の装飾経の代表作で、当時の工芸を現代に伝える一級史料でもある。
現在は厳島神社が所蔵しており、複製が厳島神社宝物館で一部が公開されている。

大願寺

宝物館から出ると前に高野山真言宗(開祖弘法大師)大願寺を参拝。 
明治の神仏分離令(廃仏毀釈)までは嚴島神社の普請奉行として修理・造営を一手に担い、千畳閣、五重塔、多宝塔など厳島伽藍の中心をなしていた。



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本堂脇の座敷に何気なく柱に打ち付けれれた立札には「勝海舟 木戸孝允会談の部屋」と書かれている。へ~ここ宮島で維新直前、歴史に残る人物二人が会った史実があることに驚いた。


本堂にある弁天像は明治の神仏分離令(廃仏毀釈)によって厳島神社から移されたもので、江の島、滋賀竹生島とともに、日本三弁財天の一つと言われる。


天井近くに掲げられた錦帯橋の模型が面白い


大願寺本堂前の九本黒松


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 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒

九本松は、伊藤博文が植えたとされる松で、樹高30m1本の木が根のところから9本に分かれている珍しい黒松。



厳島神社五重塔(室町時代1407年創建)下を通ってフェリー乗り場へ。


宮島フェリー待合室

13:10発のJR西日本宮島フェリーに乗って宮島口へ。大型フェリーは、朝ホテル前から乗った小舟と違って全く揺れもなく約10分で対岸の宮島口港に着く。




 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒


宮島口港

昨日 階段で転んで悪夢のような痛い思い出のある地下道をこぐってJR宮島口駅から電車に乗換え広島へ向かう。


JR宮島口駅
広島東照宮
広島駅に着いて、今日2つ目の目的地「広島東照宮」へ。

広島駅構内の地図で場所を確認、駅北側の二葉山中腹にあり、西に広島神社庁、裏手に金光稲荷神社がある。北口を出て歩き始め15分程で石門前に着く。


「広島東照宮」石門と翼廊上に唐門


 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
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立派な石門から参道を進むと正面に東照宮「唐門」何とも言えない雰囲気の神社だ。
祭神は東照大権現(徳川家康)
慶安元年(1648年)7月創建の東照宮を造営した広島藩2代藩主浅野光晟の生母・正清院は家康の三女にあたる人。

広島東照宮  沿革 Wikipediaより転載
徳川家光は日光東照宮を建立後、諸大名に東照宮の造営を勧めたため、全国各地に東照宮が創建されていった。広島東照宮もその中の一つである。浅野氏広島藩2代藩主浅野光晟は、生母である正清院(振姫)が家康の三女であることから特に造営に熱心で、正保3年(1646年)に東照宮の造営を開始し、慶安元年(1648年)7月に創建された。
明治維新後、しばらく荒廃したが明治末期に再建されている。
太平洋戦争当時、南下の参道には東練兵場が広がり、境内には大日本帝国陸軍第二総軍通信隊の通信兵約20人が常駐していた。また空襲の可能性が低い区域のため、民間だけではなく公共機関の避難所にも指定されていた。ただ、安全性が高いことから疎開しなかったため、社宝もそのまま置いていた。
1945年(昭和20年)8月6日被爆。ここは爆心地から約2.10km(広島市公式)に位置した。爆風により建物の瓦や天井が吹き飛び北方に傾き、石造の鳥居が跡かたもなく吹き飛ばされた。熱風によりまず拝殿から出火し、瑞垣や本殿、神馬舎へ延焼した。その後も被害が広がりつつあったが通信兵の手により更なる延焼から免れ全焼は回避された[1]。また社宝は大部分が消失した。同日、市内の被爆者が多数避難してきて大混乱となった。境内南下に臨時救護所が設けられ、通信兵や陸海軍救護隊や民間の医療救護班によって治療活動が行われ、特に重傷者は近くの國前寺へと運ばれた。翌日8月7日には境内南下に広島駅前郵便局および広島鉄道郵便局の仮郵便局が設けられた。幟町(現在の広島市中区)の実家で被爆した作家・原民喜は7日夜、親族とともに境内の避難所で野宿して覚書(「原爆被災時のノート」)を記し、後日それを元に小説『夏の花』を執筆した。
翌年1946年(昭和21年)3月頃から境内を片付けはじめ、境内の半焼松材や市内の不要となった電柱を使って、仮拝所が設けられた。その後、1965年(昭和40年)東照公350年祭を期に社殿を再建、1984年(昭和59年)に本殿および拝殿などを建て替えた。


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  広島-東照宮⇒
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東照宮には二葉山山頂に金光稲荷神社・奥宮がある。
金光稲荷神社から奥宮までは朱塗りの鳥居が120基並び、石段も500余り、気合を入れて登っていく。

この鳥居の並んだ光景はいつか行った京都の伏見稲荷が目に浮かぶ




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参道にある家康公遺訓






急こう配の石段で朱塗りの鳥居をくぐって進むと、参道には家康公の遺訓が度々立っている。

最初の掲示は
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。 急ぐべからず........ 不自由を常と思えば不足なし。 こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。」の一節

金光稲荷神社 奥宮

奥宮から市内の向こうに宇品港~瀬戸内海の島々が見える。
祠脇の先に見えるのが安芸小富士といわれる「似島」

奥宮参拝して急勾配の山道を下る。本堂には遅めの七五三祝いの家族連れ多数。
本堂脇に大きな祭事の際使われる巨大釜。


重量1t容量2,160ℓのジャンボ釜


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ジャンボ釜で御神水(神社の井戸水)で煮た雑煮「名物・ジャンボ釜ぞうに」は、大晦日と元日の2日間限定で販売される。

東照宮は1945年(昭和20年)原爆にも全壊を免れ現存する被爆建物の一つ。

本殿正面唐門の神額

唐門下から翼廊と石門を見る。斜め左先が広島駅
参拝を終えて境内でお昼休憩。

東照宮からホテルまでは約2キロほど、ゆっくり歩いていく。
山陽本線の高架下から京橋川を渡り名門「広島女学院」交差点を左折し白島通り八丁堀交差点手前の「インターゲート広島」ホテルに到着。



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ホテル・インターゲート広島エントランス

ホテルは最近オープンしたばかりで近代的な建物。チェックインは14階のフロントで。最上階がレセプションとレストランで面白い。



体温測定して、身分証明書提示地域振興券3000円分とカードを受取り同じフロアの自動チェックイン機で宿泊前に宿泊料を清算するとルームキーが2枚出て受けとって、1204号の部屋へ


エレベーターは
ルームキーをかざして

広島旅行は3泊とも朝食付きで夕食はないので、今夜の夕食は「お好み焼き」で来る前に決めていた「お好み焼きみっちゃん本店」福屋デパート店でテイクアウト。 

 


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鉄板の前で食べるのが最高だが、店は空いていたが密を避け作ってもらう。「海老そば肉卵」「イカうどん肉卵」975円X2 20分かかるのでぶらぶらセブンイレブンでワインとおつまみなど買って、お好み焼きをもらってホテルに帰る。


ホテルに戻り気持ちだけは豪華な晩餐!
ホテル二階に温泉ではないが大浴場があるのでMが一人で入りに行く。
部屋のお風呂も手足が伸ばせ最新式で快適だった。
宮島で転んだ腕足の擦り傷は軽症だが今夜も手当てして休む。

10日の歩行数16928
2020年12月11日(金)
ホテルインターゲート広島
広島城
原爆ドーム
平和記念公園
平和大通り
ホテルインターゲート広島


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6時半起床、スマホでラジオ体操。8時朝食は14階のレストランへ。
フランス料理最高名誉の「レ・ディシプル・ド・オーギュスト・エスコフィエ」を授与されたシェフ監修のひと手間加えた野菜にメニューと「焼きたてパンとごちそう野菜の朝ごはん」がコンセプトだけあって、スープ、煮物、パンがとても美味しい。






朝ごはん後10時~広島市内散歩に出かける。広島女学院前を通って縮景園を右にみて裁判所前交差点を左折、
いちょう並木の道にでる、きれいな通りだが拘置所の高い壁には綺麗な絵が描かれていた。


広島拘置所の壁画

この壁画は平成元年(1989年)に広島城築城400年を記念し、拘置所がかって広島城郭内武家屋敷の位置にあたることにちなみ江戸の城下町の雰囲気が、約180メートルにわたって再現されている。



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広島城

広島拘置所よこのいちょう並木道を進むと広島城のきれいなお堀にぶつかる。
お堀沿いを左に歩き裏御門跡から城内へ。かって日清戦争当時は大本営が置かれた軍事拠点だった場所でもある。


広島城 Wikipediaより転載
江戸時代初頭に入城した福島正則の増築以降に、城域となった外堀までの約90万平方メートルの範囲のうち、現在の史跡としての広島城は広島市中央公園内の内堀を含む本丸跡と二の丸跡の範囲で、広さ約12万mと三の丸跡の一部が残る。大坂城や岡山城らと共に初期近世城郭の代表的なもので、また名古屋城、岡山城と共に日本三大平城に数えられる。日本100名城の一つに選定されている。
江戸時代では西日本有数の所領となった広島藩42万6000石の太守浅野家12代の居城となり、江戸時代中期に書かれた『広島藩御覚書帖』で知るところでは、5重と3重の大小天守群以下、櫓88基が建てられていた。1598年に毛利輝元によって創建された大天守は、1945年に倒壊するまで現存天守の中では岡山城天守に次ぐ古式を伝えるもので、外壁仕上げの下見板張りや最上階に高欄を持つ外観仕様は国宝保存法下の国宝指定(1931年)の理由の一つとなった。近代は日清戦争時に、本丸に大本営が置かれるなど軍都広島の中心施設であった。アメリカ軍による広島市への原子爆弾投下の際には破壊目標地点となり、現存していた天守や櫓、城門が倒壊した。近年の研究で天守は原爆による爆風で吹き飛ばされたのではなく建物の自重により自壊したことが判明している。現在の天守は鉄筋コンクリート構造による外観復元天守である。
外観復元された大天守は歴史博物館「広島城」として利用されている。公園全体は公益財団法人広島市みどり生きもの協会が、博物館(天守閣)は公益財団法人広島市文化財団が指定管理者として、広島護国神社は同神社、堀は広島市がそれぞれ管理している。
本丸跡、二の丸跡以外は都市開発により城跡の面影はなく、城址公園域以外で確認できる遺構は、広島高等裁判所敷地内にある中堀土塁跡と、空鞘橋東詰南側の櫓台石垣程度である。


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広島城ないにある護国神社をお参りする。


広島護国神社は明治元年12月戊辰戦争で戦没した広島藩の方々を弔うため創建
それ以来 第二次世界大戦に至るまでに戦没、原爆の犠牲となられた方々をお祀りしている。


双子ならぬ双鯉の像・家内安全夫婦円満にご利益があるという


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広島市を流れる太田川は鯉の産地、広島城は「鯉城」とも呼ばれ、広島カープの球団名も、鯉城から名づけられたといわれている。


護国神社から二の丸跡を通って表門より城を出ると広島城お堀を一周する遊覧船乗場だ。


御門橋

戦前の表門絵はがき



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日清戦争当時、広島城に大本営が置かれ二の丸にかかる表門には大本営の看板が掲げれれていた。
大本営とは「日清戦争から太平洋戦争までの戦時中設置された日本軍の最高統帥機関


広島城からグリーンアリーナ(県立体育館)を通って平和公園に向かう。


グリーンアリーナ(県立体育館)


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この一帯は爆心地近く特に甚大な被害のあった辺り。
爆心地から一番近い旧太田川沿いの被爆樹木「しだれ柳の木」
保存工事中の
原爆ドームへ


原爆ドームから370㍍地点。
被爆した、やなぎの木の芽が奇跡的に生き返り大きく成長した。



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1945年8月6日、原爆投下攻撃目標とされた
T字型の相生橋(原爆ドーム脇)


原爆投下攻撃目標とされた 現在の相生橋と昭和戦前期の相生橋

相生橋際の鈴木三重吉文学碑

「私は永久に夢を持つ 
  ただ年少時のごとく
   ために悩むこと浅きのみ」
          三重吉
相生橋の際に鈴木三重吉の文学碑が設置されている、日本の童話や童謡、昔話などを「文学」にまで高めた先覚者。三重吉は原爆ドームから僅か200㍍ほど東の場所で生まれた。昭和11年に亡くなっているので原爆の惨状は勿論知らない。

原爆ドームは現在、保存工事中で飛散防止シートに覆われて原型は見えないが、周囲を回るとそこから醸し出される雰囲気から原爆の悲惨さがひしひしと伝わってくる。
保存工事中の原爆ドーム


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工事期間は2020年9月3日から2021年3月まで。
保存工事は1967年に始まり5回目。今回は89年に塗装したドーム部分や、らせん階段の鋼材を被爆当時に近いとされる焦げ茶色に塗り直す。壁のれんがの継ぎ目、窓部分の柱のひび割れなども補修する。


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保存工事は1967年に始まり今回で5回目

     戦前の原爆ドーム(広島県産業奨励館)
現在=2011年11月旅行の際 撮影↓

1915(大正4)年「広島県物産陳列館」として開館、1933(昭和8)年「広島県産業奨励館」と改められ、1945(昭和20)年8月6日、原爆投下の爆心地から160mに位置したため、中央のドーム部分の枠組みと外壁を除いて全焼。


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宮島桟橋で見た平和公園と宮島を30分で結ぶ高速船が原爆ドーム前を出航していった。

原爆ドーム見学中に「すしざんまい」社長と遭遇。10日に広島店のオープンを地元のニュースで見たばかり、あの風貌なのですぐ人だかりができていた。


原爆ドームから元安橋を渡って平和記念公園に入る。平和の灯近くのベンチで休憩。
平和大通りに出るとすぐ、原爆投下直後に広島で被爆者の救護にあたったジュノー博士記念碑。


マルセル・ジュノー博士記念碑
1979(昭和54)年9月8日  被爆者救護に人道的立場から尽力した博士の功績をたたえるため建立 制作者:芥川永ひさし(比治山女子短大教授)
 碑文
「1945年8月9日、赤十字国際委員会の駐日主席代表として来日 広島の原爆被災の惨状を聞くや直ちに占領軍総司令部へ行きヒロシマ救援を強く要請9月8日調達した大量15屯の医薬品と共に廃墟の市街へ入り惨禍の実情を踏査 自らも被爆市民の治療にあたる。博士の尽力でもたらされた医薬品は市内各救護所へ配布 数知れぬ被爆者を救う 博士の人道的行為に感謝し 国際赤十字のヒューマニズムを讃え永く記念してこれを建てる」
マルセル・ジュノー博士(Dr. Marcel Junod)1904~1961
スイスの医学者。1945(昭和20)年8月9日、赤十字国際委員会の駐日主席代表として来日した博士の当初の目的は、連合軍捕虜などの動静を調査することでした。しかし、原爆被害の惨状を知ると直ちに連合国最高司令官総司令部へ救援を要請し、調達した医薬品を持って9月8日に広島入りしました。現地では、被害調査に当たるとともに自らも治療に携わりました......ジュノー博士記念碑建立会


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平和大通りから帰ることに...

平和大通り

平和大橋


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「しらかみさん」と呼ばれている白神社という神社に寄ってお参り。
「原爆の熱線により赤く変色した石」や「被爆した楠」などに被爆の跡が記されている。


平和大通りから広島一の繁華街本通り方面に向かう。

宮島で転倒してメガネの掛具合が気になっていたので本通り「メガネの田中本店」に入る。
接客された店長さん、ベテラン技術員の二人の対応に信頼感・安心感を感じ、度も進んできたメガネレンズの交換を1週間後くらいに自宅に送ってもらう事にしお願いする。遠近両用HOYA製UVカットレンズ。
代金と送料を支払って店を出る。店頭まで出て送ってもらう。
2011年11月来広島当時撮影⇒
本通り「メガネの田中本店」



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  比治山公園⇒

広島の平和大通りや市内中心街が約140万球のLEDで彩られ光に包まれる開催中の「おとぎの国」をテーマにした
「ひろしまドリミネーション2020」がコロナ禍の影響で本日11日限りで終了の告知がされていた。


本通り 右に「メガネの田中本店」

今夜も夕食はテイクアウトで、昨日と同じ福屋デパート地下「和幸」お弁当と煮カツ丼&お寿司。帰り今日も又セブンイレブンでワインを買って部屋で夕食。



三泊四日の広島旅行も今夜が最後。食後に今夜もMは2階の大浴場に入りに行く。

11日の歩行数14495
2020年12月12日(土)
ホテルインターゲート広島
宮島
JR宮島口駅
JR広島駅
ホテルインターゲート広島
広島城
ホテルインターゲート広島

土曜の朝はスパークリングワイン.ドリンクフリー


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6時半ラジオ体操。8時過ぎ朝食は14Fレストラン。
土曜日なので昨日よりはだいぶ混んでいたが窓際に席がとれた。


土曜日の朝はスパークリングワインのサービスがある。朝からワインとは贅沢。
これが目当ての常連さんも多く、用意されたワインボトルは次々と空になっていく。


チェックアウトは11時とゆっくりなので朝食は時間かけてゆっくりいただく。



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部屋に戻って帰り支度を始める。
「エクスプレス・チェックアウト」という部屋のテレビでリモコンを操作してチェックアウト手続きが可能で、10時過ぎに利用。とても簡単、チェックアウト時間の11時になり部屋を出る際、ルームキーを入口近くに置きそのままホテルを出る。


帰りの新幹線は広島駅発14:22分、最後に駅に向かう平和大通りの途中の小高い丘の上にある比治山公園に寄っていく。



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平和大通り/比治山トンネル
比治山公園
比治山は、立体遊歩道「比治山スカイウォーク」でふもとから比治山公園までの高低差37mを、動く歩道とエスカレーターに乗って登っていける。



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  比治山公園⇒
比治山スカイウォーク

スカイウォークを出ると緑一帯の比治山公園


EVE       彫刻の小道ブロンズ像        ポケット


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  宮島.宝物館.大巌寺⇒
  広島-東照宮⇒
 12月11日広島街歩き⇒
  広島城~平和公園⇒
  原爆ドーム保存工事⇒
 12月12日帰りの広島⇒
  比治山公園⇒
まんが博物館正面に「笛吹き少年」ブロンズ像


「皇太子殿下御展望記念碑」
昭和天皇即位直前の1925年(大正15年)5月26日、祖父明治天皇ゆかりの地ここに立寄った記念碑

大御歌  広島  1947年.昭和天皇

大御歌 広島 「ああ広島平和の鐘も鳴りはじめ たちなほる見えてうれしかりけり」歌碑
 原爆が投下された翌々年1947年昭和天皇が広島を訪問された際に詠まれた歌。


比治山公園/御便殿跡広場 彫刻「テク・テク・テク・テク」 背後は人工の滝「壁泉」

「比治山」は標高70mの丘、毛利元就がここに築城することを考えていたといわれる。広島市は明治36年「比治山公園」を開設、広島大本営の明治天皇の休憩所「御便殿」も移設され、観光名所だった。


比治山公園/災害時には簡易トイレになる




 12月09日東京から呉⇒
  戦艦大和ミュ-ジアム⇒
  鉄のくじら館⇒
  歴史が見える丘⇒
 12月10日宮島から広島⇒
  宮島大鳥居保存工事⇒
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  比治山公園⇒

比治山公園現代美術館前にムーアの広場(山陽台)

ヘンリー・ムーア作ブロンズ《アーチ》 1963~69年(鋳造1985-86年)



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  比治山公園⇒

比治山公園/ムーア広場から京橋川と広島市内の眺め

比治山公園を出て、スカイウォークを下って通路を進んで行くと、「広島段原 ショッピングセンター」というモールの3階売り場にそのまま入って行ける。

昨夜ホテルから注文した「羽根パイプ枕」に合いそうな枕カバーを見つけていくことに...

インターゲイトホテルの「羽根パイプ枕」2晩使用、いままでにない安眠感覚、気に入ってホテルでも注文受けていたが、ホテルの半額以下ネットで昨夜2個注文した。

比治山公園から下りてきて、偶然立寄った「広島段原 ショッピングセンター」
でぴったりの枕カバーが見つかり何かの縁お土産に買って行く。


猿猴川沿い遊歩道.


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段原SCを出て猿猴川(猿猴えんこう=広島ではカッパのこと)沿いの緑地帯遊歩道を通って広島駅へ向かう。

ここの中州にも原爆慰霊碑が(的場地区町民慰霊碑)たっている。広島はどこもかしこも原爆の惨状がいまに伝わり痛々しい。広島市内の町はどこもきれいで活気があり、よくここまで復興したものと思う。



碑の前広場で毎年、原爆投下された8月6日慰霊の盆踊りが行われるそうだ
猿猴川から駅前大橋を渡り地下道から広島駅へ。
南口の大きな地下広場で休憩する。



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14時広島駅構内のコンビニで、おむすび、おやつ、飲み物を買って新幹線ホームへ。


14:22分新幹線のぞみに32号に乗車、広島の違った一面を見た旅を終え帰路に着く。



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12日広島ホテル~家まで歩行数14246
終



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新型コロナウイルス感染予防
マスク着用・正しい手洗い
三密を避ける

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