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Ken&Mary's 終の棲家.探し
第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録
 K /1946年〜
 M1948年〜
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終の棲家.探し 第一章
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八王子/上川霊園
救急車で搬送された・・・・病院は家のすぐ近くでkenは胃潰瘍、Maryは高血圧などで通院歴があり、医師・看護士・検査技師・職員・医療設備等全て満足いくもので信頼をおいている病院。

近い将来必ず来る、葬送の時...その時どうするか? 
Kは故郷に戻り、そこのお寺に入りたい。Mは故郷は遠すぎて子供たちがお墓参りに来るのに便利な家の近くがいいと、いつも意見が合わないまま、まだ先のことと思っていたので結論も出さずにいたのだったが。
2007年4月中国旅行から帰って数日して、Mの体調が急変する。深夜200近くまで血圧が上がり、寒気と動悸が激しく、ただ事でないと判断し119番して救急車を依頼。
病院はかかりつけの病院があり救急隊員の方が連絡、すぐに受け入れがOKされ、3人の救急隊員の方に簡易ベッドに載せられ救急車へ...救急車の中に寝かされぐったりして動かない姿を見て、だめかもしれないと自分に言い聞かせ半分覚悟を決めていた。
搬送される救急車の中では微かに睫毛が動く事が生きている証しだった。病院までほんの10分位だったろうがその僅かな時間の長さは今まで経験しない長さに感じた。 一刻一秒早く着いてくれと微かな睫毛の動きを見つめながら祈り続けていた。  やっと病院に到着、救急入口から診察室に運ばれ救急処置を受ける 。医師も看護婦2名の動作が遅く感じていらいらしていると簡単な問診の後移動ベッドに寝たままCTスキャン室へ。  30分位検査の間不安は頂点のまま...心電図・CTスキャンなどいろいろ検査してもらい処置してもらった後にはベッドの上に起きられるくらいになる。 不安は頂点のままだった気持ちも、医師の説明を受けながら少しづつ落ち着きを取り戻す。
この病院には二人で何度も通院していて受診歴があり前の受診カルテが救急処置に役立ったようだ。先生からは『高血圧症の一時的なもので心臓・脳など特に大きな異常や障害もなく大丈夫です、しばらく又通院して下さい』と説明を受ける。幸い一命を取り留めその後高血圧症で通院することとになる。  救急隊員の方・病院の先生・看護婦さん皆様には本当に感謝し心からのお礼を申し上げ、駆けつけてきた娘の車で帰宅する。
今まで、まだまだ先の事と思っていたが、この夜の出来事で、おのおの行き先は本気で決めておきたいと『終の棲家』探しを始めるきっかけになった。



第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録

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第二章 終の棲家は何処に。
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生家はKen&Mary's 二人とも日蓮宗、どちらの両親も熱心な信者だったので、特に信仰もなかったが子供の頃から馴染んだ日蓮宗のお寺が希望だった。
しかし調べてみると、お寺に墓地を持つのは、お寺の檀家になり信仰も必要で檀家として制約も多く、無宗教の身にはちょっと敷居が高く、制約のあまりない一般霊園で探す事にする。
公営霊園がいいのだが遺骨があることが条件の為断念する。

しかし最初から大きな難問ぶつかる。
墓地の場所をどこにするかである。  前から結論がでず、故郷に戻るか、家の近くで探すかどうしても意見がわかれて平行線だったのに、意外な所で妥協点が見つかる。
以前長く住んでいた中央線沿線で、ハイキングや散策によく行った青梅や御嶽渓谷の青梅線沿線が五日市線沿線は二人ともとても好きで、故郷と住まいの間であることも妥協点となって、そのあたりにしようと候補地に決める。
『終の棲家』探しは青梅線・御岳渓谷沿いか...
五日市線・秋川渓谷沿いがいい...

この電車で行ける周辺に見つかるだろうか。



第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録

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第三章 終の棲家候補地探し
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候補地が決まり、あとはその周辺の霊園探しに進むだけ、知人やインターネットなどで、候補地の青梅線・五日市線・中央線沿線の霊園資料を集める。
無数にある霊園をいろいろ比較しながら、交通の便・経営母体・管理の良さの3点を重視して絞っていった。
検討を重ね5つの霊園を候補に選び見学していく。

@西多磨霊園
綺麗で最有力候補だったが予算内で納得いく物件がなかった。

A東京霊園
構えた感じで全体に威圧感を感じ予算もオーバー。

B奥多摩霊園
環境は良いが交通の便が悪い。

C大多摩霊園
環境は良いが交通の便が悪い。

D上川霊園を一番の候補にする。

上川霊園は交通の便もよく経営母体もしっかりしていて管理もよく行き届いていて、雰囲気も静かで落ち着いていた。

上川霊園の建墓のシステムは、霊園指定の何軒かの石屋さんが入口の事務所内で待機していて、墓地を探しに来場した客を順番に案内する。
どの石屋さんになるのかは、客はわからないのだが石屋さん同志では決められた順番に従って応対するので、案内される石屋さんあたるのは不思議な縁がある。そしてあとでわかったことだが墓地の契約をした場合最初に説明を受けた石屋さんが代々に亘り墓地の工事を受け持つ事になり外注は許されないという事である。

その縁あった石屋さんの案内で数ヶ所墓地を見せてもらい、その中で開園以来一度も使用されない場所で、8-1という番号!Mの誕生日(亡き愛犬マミ誕生日でもある)と同じ墓番号に案内される。

少し高台の眺めのよく、周りも落ち着いた雰囲気に迷いなくここだと直観。その場所の永代使用についての事、墓石工事のことなど説明を聞いて、一度検討させてもらうことにして霊園を後にする。

石屋さんは多磨霊園前にお店があるというので帰りに寄り道して、見ていく事にする。多磨霊園は姉の嫁ぎ先のお墓もあり何度も草取りやお墓参りした事があったのでよくわかっている。
石屋さんのお店は霊園正面入口通りですぐに見つかった。店舗の建物もお店も昔からの佇まいで、ここならお願いするにも安心だと感じた。

@西多摩霊園 よく整備されていい。


A東京霊園 すこし構えた感じ。


B奥多磨霊園  交通の便が悪い。×


C大多磨霊園 交通の便が悪い。×
多磨霊園前/石山石材店
八王子/上川霊園



第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録

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第四章 終の棲家の場所が決まる。****************************************************************

Maryの体調も通院治療を続けた効果か、だいぶ改善し健康の頃と変わらなくなって、毎日の生活にも自信が出始め、霊園探しの緊急性も薄れてきたせいか、見学行脚の後普段の生活を続けていた。
あれから2〜3週間経った頃、例の上川霊園の石屋さんから電話が入る。
「先日ご覧いただいた墓地の物件はご検討いただけたでしょうか?」と石屋さん、「その節はありがとうございました、大変気に入ってはいるのですが予算を…万円と考えていましたので、少し予算オーバーなのでもう少し考えさせてもらいます」と自分。
「そうですか、そのご予算なら他にこういうのもありますがいかがでしょうか」などと他を勧められるが「あの墓地以外は考えられません」とMaryの誕生日と同じ墓地番号で縁を感ずるのだと伝える。「わかりました、ご予算に近づけるよう見積もりを作り近日中に送りますので是非ご覧なってみて下さい」「見積もっていただくのはかまいませんが先日の説明内容より墓石の質を落とされたら意味がありませんのでその点よくわきまえて見積もってください、届きましたら拝見させてもらいます」と電話を切る。
見学時の説明では希望墓地は面積3u、永代使用料・・万円年間管理費・・千円、墓石・外柵工事1u平均・・万円トータル・・・万円位かかるという事だった。見積もりで安くできるのは墓石工事費だけなのでどの程度になるのか内容を見極めよう。

またそれから1〜2週間たって石屋さんから見積書が郵送されてくる。
3種類の見積もりで、

1)墓石を除いた外枠工事のみ。
2)全ての完成墓地工事外枠並のもの
3)全ての完成墓地工事外枠とも2の1つ上ランクのもの
どれも予算に限りなく近く、担当者の方が少々無理してこちらの期待に応えてくれた気持ちを感ずる。

数日後、石屋さんへ電話して詳しい話をもう一度したいので霊園で会う約束をする。
2008年7月19日 霊園入口事務所で石屋さんと待合わせする。
墓石の種類や価格・付帯工事の内容と価格・霊園との契約から墓地の工事までの日程などじっくり時間をかけ説明を受ける。そのあと、墓地に行って見積もりと同じ墓石と出来上がりの状態など同じ物を見せてもらう。

終の棲家は上川霊園に決める。

ほぼ満足いく説明に納得でき2008年6月に工事してもらう事にする。
霊園の受付に案内されさまざまな書類にサイン契約を済ます。
終の棲家が決まった。何時になるかわからないが自分達の墓を生きているうちに決めるのはなんとも不思議だが決まった今は何かほっとする気持ちになれる。
帰りもう一度決めた墓地に立ち周りをゆっくりぼんやり眺め家路に着く。
来年8月には沢井の『ままや』で子供・孫を招待して食事をした後完成した
Ken&Maryの墓を披露するのが楽しみ。

『上川霊園』東京都八王子市上川町1520
京王八王子駅・JR八王子駅から「上川霊園行」バス38分 自動車・中央高速八王子I.C.より15分
西東京バス株式会社(京王グループ)
D上川霊園 場所・交通・園内整備・雰囲気 全て◎ 


『上川霊園』東京都八王子市上川町1520

『上川霊園』東京都八王子市上川町1520


事務所で契約。

バスは八王子駅と秋川駅から。
石屋さんから最後の説明を受ける。




第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録

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第五章 終の棲家のかたち  
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2009年8月石屋さんから基礎工事が完成したと連絡があり、久しぶりに上川霊園に出かける。自分達が将来入る墓を目にするのは不思議な感覚だ。
契約のとき写真で見たとおりに出来上がっていた。
初めの予定通り墓石はどちらか入る時作る事にしてある。
どんなデザインにするかは残った者の権利で好きなようにすることで結論が出ている。何時になるのかいずれ来るその日をいつも心に描きながら残りの人生を精一杯生きたいと思う。
2009年8月基礎工事が出来上がる。


どちらか入る時まで墓石はまだない。



第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録
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最終章
終の棲家への心構え  
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2013年二人でエンディングノートを書き始めた。
今、はっきり言えることは、M&K同じ思いで、終末期を迎え回復の見込みが無い状態になった時には延命治療はせず、苦痛を和らげ尊厳死を選ぶこと。
これから時々その時の希望を書き加えて行こうと思う。








第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録
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 『追記』 葬送の記録 
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2012年2月11日
義兄が天寿を全うし旅立つ。
享年88歳 
常識では考えられないことだが、Ken&Mary 結婚式(昭和47年2月12日)では義兄・姉夫婦に仲人をしていただいた。
あれから40年結婚記念日前日に亡くなられた。  
5年前病で倒れ、かかりつけの日赤病院に緊急入院、幸い一命はとりとめ、その後は治療とリハビリの日々を送っていた。
近年は近くの病院に転院したり、在宅治療に切り替えた。
そして、昨年暮れから病も重篤になって家庭介護が難しくなり、介護付有料老人ホームに入居し、姉は毎日ホームへ通う日々を送っていた。
しかし、2月11日早朝、姪から義兄の状態が悪いと連絡を受けホームに駆け付ける。
すでに意識もなく呼吸も乱れ最後が近づいている様子だった。
午前9時ごろ医師と家族一同が見守る中 静かに息を引き取った。
2012年2月15日。
義兄が亡くなって3日後、長く人工透析を続けていた実家の長兄が、後を追うように天に召された。
享年86歳。

長兄の訃報は15日義兄の葬儀の日、火葬場で献杯の際知らされた。
兄は過去に胃潰瘍、動脈瘤、などの手術を受け満身創痍で4年前からは肝臓障害で人工透析を週3回受けていた。実家に帰ると透析のたいへんさをいつも嘆いていたのが思い出される。
兄の亡くなる1ヶ月前の1月7日実家に遊びに行った折には人工透析ですっかりむくんだ表情に日々の苦労が見て取れた。しかしいつも通りの笑顔で迎えてくれ、それが最後になるとは夢にも思わないで談笑した。そして帰る際に兄嫁が玄関横に黄色い花を咲かせていた老梅の枝を数本折って渡してくれた。老梅はうちの居間に飾っていたものが今はドライフラワーのような姿で健気にその当時の面影をとどめたままでいる。

K&M葬送の記録
Ken Mary
昭和37年07月07日享年 平成
平成05年02月20日享年 昭和年月日享年
平成24年02月15日享年 昭和年月日享年
昭和61年03月26日享年 平成03年12月23日享年
平成10年07月30日享年 平成03年12月23日享年
義兄 義兄
義兄 義兄
義姉
義兄
義兄



義兄が入居した介護付有料老人ホーム。
一時入居金950万円(年25%5年で全額償却) 月額約20万円
金額では判断できないが、病を持った老人を24時間全てを看てもらえるのはとても有難い事だと姉は言っていた。


亡き兄撮影『春のことぶれ』

第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 最終章 葬送の記録
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