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8月26日~27日 ペルー・マチュピチュ
世界遺産マチュピチュは15世紀のインカ帝国の遺跡で、アンデス山麓ペルーのウルバンバ谷に沿った山の尾根(標高2,430m)にある。
飛行機 列車・電車 バス.タクシー 徒歩 ホテル
ペルー/マチュピチュ
Peru
2017年8月26
Peru
マチュピチュ
ウルバンバ10
ペルー鉄道
(ビスタドーム号)
マチュピチュ
マチュピチュ見学
マチュピチュ村
マチュピチュ
HOTEL
次㌻ クスコへ
日程表
各チケット予約


マチュピチュ村
初代村長.野内与吉さん

天空の都市.マチュピチュ
「Machu Picchu」と呼ばれるこの遺跡名は、「老いた峰(Old Peak)」を意味するケチュア語「machu pikchu」を地名化したものの転写である。山裾からは遺跡の存在は確認できないことから、しばしば「空中都市」「空中の楼閣」「インカの失われた都市」などと雅称される。一方、遺跡の背後に見える尖った山はワイナ・ピチュ (若い峰)で、標高2720m。山頂には神官の住居跡とみられる遺跡があり、山腹にはマチュ・ピチュの太陽の神殿に対する月の神殿が存在する。この遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっている。遺跡の面積は約13km2で、石の建物の総数は約200戸が数えられる。熱帯山岳樹林帯の中央にあり、植物は多様性に富んでいる。行政上クスコ県に属しており、クスコの北西約70kmに位置する。2015年の第39回世界遺産委員会終了時点でペルー国内に12件あるユネスコの世界遺産のうちでは、クスコとともに最初(1983年)に登録された。By Wikipedia
8月26日 早朝ウルバンバ駅6:50発のペルー鉄道に乗車。マチュピチュに向かう。
マチュピチュ村
初代村長さんは日本人
2時間半、ビスタードーム号はマチュピチュ駅に到着。改札を出ると土産物店の並ぶ細い路地を抜けると渓谷のマチュピチュ村が目の前に開けてくる。
橋の向こうにマチュピチュバス乗り場で、すでに行列ができていた。バスのチケットは購入済みなので列の後ろについて3台目のバスに乗車。
急峻な未舗装のS字の山道を右に左に揺られながら30分ほどで遺跡入口に着く。入場口でインターネットで購入した入場券とパスポートのチェックを受ける。
マチュピチュ入口
入場券
日本を出てから長い長い旅をして、やっとマチュピチュ遺跡を目の前に心躍らせながら一歩一歩坂道を登る。
ハイラム・ビンガムのプレートを見ながら20分程登る。
展望が大きく開き何度も見慣れたマチュピチュの姿が眼前に広がっている。
長方形の入口から遺跡の中に足を踏み入れる。
標高2430㍍の高地にどうやって石を持ち上げ組み立てたのか、気の遠くなるような作業だったことがわかる。
標高2430㍍の高地にどうやって石を持ち上げ組み立てたのか、気の遠くなるような作業だったことがわかる。
これぞマチュピチュ!
主神殿
ワイラナ(準備室)
1周して出口へ
マチュピチュ遺跡ないを散歩するリャマ
マチュピチュ入口にあるベルモンド サンクチュアリ ロッジ、オフでもツインルーム1泊8万~13
万円もする、あきれた料金設定。ホテル前から帰りのバスに乗って下山する。
マチュピチュ村の中心のアルマス広場。マチュピチュから帰って、ホテルPanorama B&Bにチェックイン。渓谷前でダイナミックな景観。マチュピチュ行のバスはホテル前の通りを通っていく。
山小屋風なホテルはエレベーターはなく5階の部屋へ階段を上がる。渓谷前の広いテラスはきもいいい。
マチュピチュ村の旧名はアグアス・カリエンテスでスペイン語で『熱い水』名前の通り村のはずれに温泉が湧いている。ホテルから街の中心を突き抜けて10分位で行ける。
温泉はカップルと家族連れが多い。水着に着替えて入る。洗い場はなくぬるいお湯で外に出ると寒いくらい。シャワーを浴びて着替え帰る。のんびりゆったりの日本の温泉とはずいぶん違う。

マチュピチュ温泉
村中はは日本の温泉村のように素朴で親しみやすい。
ジェラート食べて一休み。味はいまいち
街のど真ん中を列車が通る。事故はないのかな。
夜は口コミ評価の高いレストラン『The Tree House』
『The Tree House』地ビール飲んで夜の村を散歩してホテルに帰る。明日は25日到着してホテルに見持つを預けたクスコに戻る。


1895年(明治28年)11月18日 - 1969年(昭和44年)8月29日)は、ペルーのマチュピチュ村の初代村長。  1895年裕福な農家の家に生まれる。1917年、21歳のときにゴム景気で湧くペルーに移民し、1923年よりペルー国鉄で勤務。マチュピチュまでの鉄道建設に携わったのを契機にマチュピチュに移住。1939年にマチュピチュ地区の行政最高責任者に就任、マチュピチュの村昇格直後、1948年から2年間、村長を務め、1969年に現地で物故するまで、村初のホテル「ホテル・ノウチ」を開業したり、水力発電所を作ったりするなど村の発展に尽力した。ホテルは初の大型木造建築でもあり、1階部分を交番や郵便局として無償で貸与、後に2階部分も村長室や裁判所として村のために提供し、ホテル・ノウチを中心に村が発展することとなった。2015年、マチュピチュ村は、野内の故郷、大玉村と同村にとって初となるマチュピチュ村と福島県大玉村で友好都市が結ばれる⇒。 (By:Wikipedia)

マチュピチュと野内与吉の物語⇒
 



野内 与吉さん
ペルー/マチュピチュ
Peru
2017年8月27
Peru
マチュピチュ
オリャンタイタンボ駅
ペルー鉄道
(ビスタドーム号)
クスコ
HOTEL
次㌻ クスコ
マチュピチュ村/ホテルPanorama B&Bで朝食。
8月27日、マチュピチュ村を後にしてクスコに向かう。村の渓谷はほんとうに日本の温泉のような風情がある。

ペルーレイル/マチュピチュ駅
マチュピチュ駅~オリャンタイタンボ駅経由で次㌻ クスコへ
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