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JR原宿

江戸三三ヶ所札所巡りも今日やっとまわり終えて結願(満願)。江戸札所は普段行くことのない東京を再発見でき貴重な街歩きだった。今日は江戸札所巡りも最後なので少し寄り道をして明治神宮を参拝する。

 
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スタートは早朝のJR原宿駅から。


表参道を背に神宮橋を渡り南参道から明治神宮へ。

南参道をすすみ最初の鳥居。散歩中の人が鳥居の下で最敬礼をして進む、お辞儀して入りたくなる厳粛な雰囲気。
真似て脱帽し最敬礼して入る。参道の中央は神様の通り道なので中央を避けて歩く。以前出雲大社を参拝した時と同じ。


『定』の額に大正九年付で三つの約束事が書かれている。

一、車馬ヲ乗入レルコト  二、魚鳥ヲ捕ルコト 三、竹木ヲ伐ルコト 右境内ニ於テ禁止ス 
                                       大正九年十一月一日 明治神宮。
 

その先には代々木の由来の立札。



神宮の森には御苑以外に花がない。それは参拝者の心を鎮める為のようである。



南参道を進むと右手に日本酒の酒樽(薦被り)故郷の七賢もありが懐かしい。
日本酒はお神酒でどこでも見かけるが(これほどの数量は初めて見た)、左手には樽詰めワイン。ロマネコンティなどブルゴーニュの銘酒が並ぶ。

二つ目の大鳥居は南参道と北参道の出合い口のところにある。檜の大鳥居は、高さ12b、幅17.1b、柱の太さが直径1.2b、重さが13d木造の鳥居としては日本一の大きさを誇る。鼻を近づけると檜のいい香りがした。

大鳥居について 出典:明治神宮HPより
今ある大鳥居は二代目です。一代目の大鳥居は明治神宮が創建された大正9年に完成しました。この鳥居の材木は檜(ヒノキ)ですが、国産の檜ではなく台湾産です。明治神宮御造営の時に台湾総督府より献木されたもので、阿里山(アーリーシャン)の西腹より伐採されたそうです。樹齢は1200年以上に達していたといわれます。 ところが昭和41年7月22日午後3時15分ころ、右側(北側)の柱に雷が落ち破損してしまいました。幸いなことに参拝者に事故はありませんでしたが、神宮としては老朽化も進み今回の破損で鳥居を立て直したいと考えていました。しかし残念なことに、日本にはすでにこのような立派な大鳥居が作れるほどの檜はありませんでした。 なすすべもなく困っていたところ、東京で材木商を営む篤志家・川島康資さんが明治神宮の大鳥居が傷ついたことを聴き、なんとか明治神宮と靖国神社に奉納したいと考えました。川島氏は親子二代にわたって材木商を営んでいましたが、ここまで無事に商いが出来たのも、ひとえに神のご加護以外のなにものでもないと、つね日頃より報恩感謝の気持ちで暮らしていましたので、終生の事業として是非この大鳥居を奉献させていただきたいと願い出たのでした。   わざわざ台湾まで何回も檜材を探しに行き、その結果、とうとう阿里山の連山で標高3300メートルの丹大山(タンターシャン)の中に大木を発見しました。この檜は樹齢1500年を超える巨木で、しかも大変な山奥にあり、先ずどうやって搬出するかという問題が生じました。しかし川島氏から明治天皇と昭憲皇太后をおまつりする明治神宮と英霊をまつる靖国神社に奉献することを聞いた台湾現地の人々が、おおいに感激して積極的に協力してくれたそうです。 道なき断崖に道をつけ、山を切り拓いて24里(96km)の山中を、運搬のために特別に作られたトラックに積まれた材木は、さらに鉄道で台中(タイチョン)・基隆(キーロン)へと運ばれ、昭和46年の夏東京湾に到着しました。 この間地元の孫海氏をはじめとする台湾の人々、東和建材の富岡直衛社長、三井商事もご協力くださり、東京湾到着後8月21日の早朝、パトロールカーを先導にトレーラーによって明治神宮に到着、宝物殿前の池(北池)にいれて、十分に水蓄をおこない、4年後の昭和50年12月23日、みごとに完成、竣功奉告式が行われました。   ちなみに、この日に竣功奉告式が行われたのは、みなさんご存じのように、今上陛下(当時は皇太子殿下)のお誕生日の佳き日に当たっていたからです。     さて元の大鳥居は、その後どうなったのでしょうか、実は埼玉県の大宮氷川神社の鳥居として昭和51年4月5日に竣功式が行われて、第二のお役にたっています。

御苑北門前の天皇の御製(天皇の詠まれた歌)

三ツ目の鳥居が見える。明治神宮本殿だ。


拝殿に入るに手水舎でお清めする。

柄杓で左手を洗い、次に右手を洗い、柄杓を持ち替え左手で水を受け口をすすぐ。その後もう一度左手を洗う。


三ツ目の鳥居が見える。明治神宮拝殿だ。


例年300万人もの初詣客が通る客殿門を抜けると正面が拝殿。

拝殿前の夫婦楠。

拝殿を挟んで向かいの神楽殿前にも大楠。


拝殿

二拝二拍手一拝してお参りする。



明治神宮について 出典:WikipediaHPより
1912年(明治45年)に明治天皇が崩御し、立憲君主国家としては初の君主の大葬であったがその死に関する法律はなく、何らかの記念(紀念とも)するための行事が計画される。その事業は程なく予定されていた明治天皇即位50周年のものを引き継ぎ(明治天皇の銅像、帝国議会、博物館などさまざまな案があった)、続いて、1914年(大正3年)に皇后であった昭憲皇太后が崩御すると、政府は神社奉祀調査会を設置して審議し、大正天皇の裁可を受けて、1915年(大正4年)5月1日、官幣大社明治神宮を創建することが内務省告示で発表された。
明治天皇が「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」と詠んだ代々木の南豊島世伝御料地を境内地として造営が行われた。1920年(大正9年)11月1日に鎮座祭が行われた。ちなみに、この御料地はかつて近江彦根藩井伊家の下屋敷のあった場所で、明治維新後に井伊家から政府に対して献上されたものである。神宮本殿は大東亜戦争末期の1945年(昭和20年)4月、アメリカ軍による空襲によって焼失した。その後全国から復興資金が寄せられ、仮殿が建設されて翌1946年(昭和21年)5月に還座祭が行われた[2]。現在の本殿はその後、国内外からの寄付などによって造営が進められたもので、還座祭は1958年(昭和33年)10月31日に行われた[2]。境内の旧御苑入口付近にはかつて、代々木の地名の起源ともなったモミの巨木「代々木」があったが、この名木も空襲の折、高射砲によって撃墜されたアメリカ軍機・B29の直撃を受けて焼失している。明治神宮は第二次世界大戦後、宗教法人神社本庁の被包括宗教法人となり別表神社に指定されていたが、2004年(平成16年)に神社本庁との包括関係を解消し、単立神社となった[4]。しかし、2010年(平成22年)8月23日、再び神社本庁は明治神宮の被包括関係を設定した。
長殿前のベンチでゆっくり神宮の厳粛な静けさに浸る。

明治神宮拝殿参拝の後御苑を見学。

御苑北口から500円納め入場。



北口から入りすぐの緑の中に、明治天皇が昭憲皇太后のため建てられた隔雲亭。


隔雲亭を下ると南池。


南池の中程に見事な睡蓮が咲き誇っている。


南池から緑に囲まれた小径が菖蒲田〜清正井へ続く。ここが都心とはとても思えない静かさ。


菖蒲田

清正井。

6月中頃には 向こうの東屋まで一面の菖蒲が咲いていたはず。
しかし残念ながら見れなかった。


「清正井(きよまさのいど)」のあるこの地は江戸時代、加藤清正の子・忠広が住んでいたが、清正本人が住んでいたかは定かではない。加藤家が絶え、その後井伊家の下屋敷になってからも清正にまつわる伝説が伝えられ、それらの中で最も有名なのが清正が掘ったとされる「清正井」だ。


東京都の調査では水温は四季を通じて15℃前後と一定、毎分60gの水量がる。


「清正井(きよまさのいど)」から御苑北門へ戻り北参道へ。


明治神宮北参道


北参道。


明治神宮北参道にも大鳥居



明治神宮北参道を出て明治通りへ。地下鉄外苑前駅間近の江戸三三ヶ所24番まで歩いていく。



明治通りから外苑西通り神宮前3丁目手前を歩いていると、左の路地奥に かの懐かしいエストニアの大使館がひっそり建っていて引き寄せられるように前に立つ。













エストニア大使館は質素な建物で好印象。


神宮前交差点と秩父宮ラグビー場の中程裏通りの熊野神社。手を合わせて通る。

地下鉄・外苑駅前交差点。

外苑前駅の出口を出たところに二十四番札所・梅窓院参道がある。山門までは小幅の道だが場所を考えれば贅沢な参道を進むとやっとお寺らしい山門がある。しかし境内は・・・・・《江戸三三ヶ所観音/結願へ 続く》
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