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ドイツ
2015年10月23~29日
チェコ共和国通称チェコは、中央ヨーロッパの共和制国家。首都はプラハ。 歴史的には中欧の概念ができた時点から中欧の国であった。ソ連の侵攻後、政治的には東欧に分類されてきた。ヨーロッパ共産圏の消滅後、中欧または中東欧に分類される。 チェコ
2015年10月30~31日
ポーランド
2015年11月01~05日
リトアニア
2015年11月06~08日
ラトビア
2015年11月09~13日
2015年11月01日    ポーランド・ヴロツワフ  
日程表

チェコ/チェスキークルムルフ

ポーランド/クラクフ
東欧旅行10日目
2015年11月1日(
)チェコ/プラハからポーランド/ブロツワフへ。
飛行機 列車・電車 バス・タクシー 徒歩 宿泊ホテル
ブロツワフ
wroclaw
11月01日
チェコ/プラハ
ポーランド/ヴロツワフ
MonopolWroclaw
Hotel
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古都クラクフへ



 
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ポーランドの代表的長距離バスPOLSKI BUSにでプラハ~ポーランド.ブラツワフへ移動
成田空港~ハンブルク


ブレーメン.リューベック
ベルリン~ポツダム
ドレスデン~マイセン
プラハ


チェスキークロムロフ
ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




カウナス
シャウレイ
ラトビア・リガ



ヘルシンキ~成田空港
日程表 ⇒ 予約表 ⇒
11月1日(日) 晴れ ポーランド・ブラツワフへ 
AM4:30早起きして出発準備、いよいよ今日はチェコから3カ国目のポーランドへ入国、最初の都市ヴロツワフに向かう。6:00チェックアウトまだ真っ暗な石畳の道を地下鉄アンデル駅へ歩く。駅は5分位でリフトもないのでトランクを抱えて駅に降りる。改札からはなが~く 深く 超高速のエスカレータでホームへ出る。早朝だが乗客は多くやっと座れるくらい。フローレンス駅で下車外に出るとそこがフローレンスバスターミナルの入り口、両替所でチェコ通貨3400コルナをポーランド通貨ズロチに両替する。510ズロチになる。日本円で700円ほどの手数料 高い!ホテルの朝食が時間外で出来なかったので 残ったコルナの小銭で売店で暖かいパンを買えるだけ(4個)買う。フローレンスバスターミナル7番からPolsk Busに荷物を預けて乗車。

チェコ・ポーランド国境付近で一度だけ休憩
7:30発のPOLSKI BUSバスでチェコとポーランドの国境越え12:20ポーランド・ヴロツワフに到着。5時間ものバス旅料金は二人で181ズロチ(\6099)と格安。
ヴロツワフのバスターミナルを出るとすぐ前に鉄道中央駅で、構内を抜けた先がシフィドニッカ大通り、ホテル横のオペラ劇場を目指して歩く。10分ほどでオペラ劇場前のホテルMonopolWroclawに到着、チェックイン。
MonopolWroclawはピカソが来訪の際 宿泊したというヴロツワフでは名門ホテル。部屋は217号室
重厚な造りのホテルで建物も歴史的建造物らしく部屋は床、壁、内装もシックでとても凝った造り。









天井高は4~5㍍もあろうか、間仕切りのドアも厚い木製、お風呂は色の変化するジャグジーバス。
        窓から隣の聖クルジストフ教会の古いレンガの壁が見える。
部屋で休憩して、13:30~ブロツワフの街散策に出発。
成田空港~ハンブルク


ブレーメン.リューベック
ベルリン~ポツダム
ドレスデン~マイセン
プラハ


チェスキークロムロフ
ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




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ヘルシンキ~成田空港
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初めは世界遺産の「百周年記念ホール」を目指して歩き始める。それは郊外にあり何度も道を尋ねながら1時間は歩いただろうか、やっと世界最大級のコンクリート製円形ドームが見えてくる。
百周年記念ホールが左前方に見える道筋に行列の店がある。覗いてみるとソフトクリーム屋さんで一度通り過ぎるが、それを食べてるカップルの男性が微笑みながら「おいしい!」と日本語で声をかけられる。その声におもわず引き返して列に並んで買って食べる。安くてとても美味しかった。

世界遺産「百周年記念ホール」
郊外のシチトゥニツキ公園の一角を占める、百周年記念ホールは1911年ナポレオン戦争のライプツィヒの戦勝を記念して造られた。世界最大級のコンクリートドームで近代建築に重要な位置を持つ事で世界遺産に登録された。その近くに日本庭園があったが日曜で入れなかった。
百周年記念ホール次は聖ヨハネ大聖堂へ。オドラ河畔北側に立つ聖堂はポーランドで初めてゴシック様式で1590年建造されたが破壊され、1991年に再建された。夕日に映える姿は威風堂々とても美しい。

バプティスマの洗礼者.聖ヨハネ大聖堂
バプティスマのヨハネ大聖堂
オストルフ・トゥムスキ地区でもっとも貴重な中世建築。第2次世界大戦で戦災を受け、1950年代に再建された大聖堂の原型は12世紀後半からここにあったロマネスク様式の大聖堂だった。中央聖壇と身廊、側廊は13世紀から15世紀、塔と正面入り口上の湾曲部分は15世紀のバロック様式になっている。「永久の眠りにつく聖母」が描かれた聖壇は、クラクフにある聖マリア教会の有名な聖壇を手がけたヴィト・ストフォシュの作風にならった名作。 聖壇の後ろにある「聖エルジュビェタ」礼拝堂イタリアの名工によって築かれた。
オドラ川を渡り旧市街へ入る。

ここにも愛の鍵
オドラ河畔を歩いて、旅行前に調べておいたヴロツワフ大学近くのレストラン「クールナ・ハタ」を見つけ入る。
夕方5時少し過ぎだったが満席で入口ですこし待って席に案内される。

先ずポーランドビール。
定番のポーク・カツレツ
 次にピエロギ(ポーランド風餃子)
 そして ジューレック は、 具にじゃがいも、ソーセージ、卵などの入ったライ麦を使ったスープ。具を食べ、外のパンをちぎりながら具につけ全部食べる。
料金はテーブルでなく、宝石箱に入ったレシートを持って入口レジで支払う。62とチップ10で72ズロチ(2200円位)を支払う 安い!
ホテルまでの帰り道は旧市街広場前を通って行く。ヨーロッパの夜の街は例外なく美しい。
中央がゴシックとルネサンスの調和したブロツワフ旧市庁舎で14世紀末か~15世紀初めにかけての建物。
ヴロツワフ旧市街広場


成田空港~ハンブルク


ブレーメン.リューベック
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プラハ


チェスキークロムロフ
ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




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ヘルシンキ~成田空港
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ホテルに戻り3色に変化するカラージャグジー風呂にゆっくり入る。
今日の歩行数 21392歩
2015年11月02日
ヴロツワフ
クラクフ
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クラクフへ
 
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11月2日(月) 晴れ ブラツワフ ホテル7:00朝食 8:00チェックアウト、数々の戦争の傷跡が残るポーランドの古都クラクフへ移動
『シンドラーのリスト』の街クラクフへ
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セカンドライフ シニアの旅 団塊世代KenとMaryのNO-SIDE 
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2015年10月23~29日
チェコ共和国通称チェコは、中央ヨーロッパの共和制国家。首都はプラハ。 歴史的には中欧の概念ができた時点から中欧の国であった。ソ連の侵攻後、政治的には東欧に分類されてきた。ヨーロッパ共産圏の消滅後、中欧または中東欧に分類される。 チェコ
2015年10月30~31日
ポーランド
2015年11月01~05日
リトアニア
2015年11月06~08日
ラトビア
2015年11月09~13日
2015年11月02~03日  ポーランド・クラクフ  
日程表

ポーランド/ヴロツワフ

ポーランド/ワルシャワ
東欧旅行11日目
2015年11月2日(月)ブロツワフからポーランドの古都クラクフへ。

2015年11月3日(火世界遺産ヴィエリ地下岩塩抗
飛行機 列車・電車 バス・タクシー 徒歩 宿泊ホテル
ポーランド/クラクフKrakow
2015年11月02日
ヴロツワフ
クラクフ
ホテル
RadisonBlue
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ホテルまではクラクフ中央広場を通って行く

クラクフ.バスターミナル
成田空港~ハンブルク


ブレーメン.リューベック
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プラハ


チェスキークロムロフ
ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




カウナス
シャウレイ
ラトビア・リガ



ヘルシンキ~成田空港
Prologue


11月2日(月) 晴れ ヴロツアフ.バスターミナルからプラハから乗ったのと同じバス会社:Polsk Busで9:00出発。ポーランド2都市目のクラクフへ12:10到着。バスターミナルはクラクフ鉄道中央駅横。
クラクフ中央駅構内のショッピングセンターを抜けて旧市街中央広場からホテルまでは約15分歩きホテルRADISON BLUEにチェックイン。親切に眺めがいい道路側の部屋と、静かだけど眺めの悪い部屋どちらがいいかと希望を聞かれ、眺めの良いほうを希望する。公園に面した眺めの良い7階の部屋にしてくれた。

ヴァヴェル城
荷物を置いてホテルすぐ近くのヴァヴェル城の下へ、城は後でゆっくり見るので中に入らず迂回してシンドラーの工場跡へ向かう。お城脇から市内中心を流れるヴィスワ川に出て、川沿いを歩いて3つ目の橋を対岸に渡る。

 シンドラーの工場跡へはこんな通路を抜けていく
「シンドラーのリスト」工場跡がある街は時代に取り残されたような街で、ほとんど清掃もされないような汚れた道路、崩れかけたような古い建物が続く。気のせいか、歩く人の服装も粗末で表情も暗い。第二次大戦当時のままにタイムスリップしたようなの雰囲気を残している。

左中央がシンドラーの工場跡



市内から何度も道を尋ね、やっとシンドラーの工場跡にたどり着く。着いてみれば判りやすい道だった。建物は近代的で映画の中の悲壮感や暗さが感じられない。おそらく建て替えられ当時の建物ではないのだろう。入口わきにシンドラーに助けられたユダヤ人工員の方々の写真が掲示されていているので、戦時中ナチスの迫害を受けたユダヤ人の悲惨の歴史事実があった場所だとわかる。
しばらく写真など見ながら佇み、思いを戦時にはせなる。
帰りは来た道をヴィスワ川に戻るが、そのあたりの道はシンドラーの工場に通うユダヤの人たちが極限の不安と辛い気持ちで歩いたことだろうと想像でき目頭が熱くなる。
川を渡ると旧市街のカジミエシュというかってのユダヤ人街を通る。いまはお洒落な店もならぶ地域となっているがかってはこのあたりもユダヤの人々の受難の地だったのだろう。アンネの日記『アンネフランク』もクラクフ郊外のアウシュビッツ強制収容所に一度収容されている。
『アンネの日記』⇒アンネ・フランクの収容所移送 
1944年8月8日『アンネの日記』のドイツ系ユダヤ人少女アンネ・フランクと彼女の家族はアムステルダム中央駅からオランダ北東のヴェステルボルク通過収容所へ移送され、9月3日ヴェステルボルクからの最後の移送列車三台のうち最初に出た列車に乗せられ、ポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(クラクフから60km)へ向けて出発することとなった。更に10月28日アンネとマルゴーは母エーディトと切り離されベルゲン・ベルゼン(ドイツ.ハンブルクから100㎞)へ移送されてそこで死亡する。生還者は父オットーだけだった。
旧市街に帰って、ヴァヴェル城 城内を見学する。
ヴァヴェル城はヴィスワ川沿いに立つゴシックルネッサンス様式の城。16世紀まで国王の居城だった。
左がヴァヴェル大聖堂、右側は旧王宮。

旧王宮
中庭から大聖堂に沿って奥にある旧王宮は16世紀初頭にジグムンゴ1世が建て、ジグムント2世が収集した宝物が展示されている。
ヴァヴェル城から旧市街中心の中央広場へ。
広場の中心は1222年建造の聖マリア教会。昔モンゴル軍がクラクフを襲った際教会のラッパ手が襲撃を知らせる際モンゴル兵の放った矢に射られ亡くなった。当時を悼んで今も毎正時に、吹奏の途中で終わるラッパが吹かれている。
聖マリア教会前に幅100㍍の織物会館(織物取引所)がある。現在はみやげ物街になっているが、14世紀建造時は布地の交易場だったのでその名が現在も使われている。こはく店も多くMは品定めをしていた。
ホテルに戻り宿泊特典のサービス.ワンドリンクの地ビールをご馳走になる。
今日の歩行数 21398歩 
ポーランド/クラクフKrakow
2015年11月03日
クラクフ
ヴィエリチカ
岩塩鉱見学
クラクフ
ホテル
RadisonBlue
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11月3日晴れ 今日は近郊の世界遺産ヴィエリチカ岩塩鉱見学に出発。
ホテルから中央広場を通ってクラクフ中央鉄道駅へ。
時間を確認して中央駅ホームにでるが誰もいないがここから本当に電車が出るのかと思っていると、ホームはるか前方に電車が入ってくる。急いで向うと結構乗客がいてポーランドの駅は...番線といっても前側、後側があるのだ。

ヴィエリチカ行き電車
乗車するとまもなく発車して景色が昨日歩いたシンドラー工場跡の辺を通過して停車した。電車で次の駅がシンドラー工場跡最寄駅だったのだ。車内検札もあり10:00頃終点ヴィエリチカに到着。
世界遺産の岩塩鉱は駅前から坂道を上がって5分くらいだった。出発前に予約をしていたので窓口で予約票を提示して入場券に換える。見学はすべてツアーに入る必要があり、もちろん日本語はなく10:30分の英語ツアーに入る。
各ツアーは20人くらいづつのグループでグループ毎に一人のガイドがついている。3番目のグループでグループ毎順番にガイドの後について入場する。
簡単なセキュリティチェックのあと入り口でガイドの説明があり、場内に入ると直ぐに幅の狭い木製の階段を降り始める。
ガイドさんが結構の速さで降りて行くのでついていくのがやっとだった。番号がついていて数えて降りると、400段くらいはあったと思う。
大きな木戸を押し開けて坑道に入ると、次々に人間や馬の彫像、機械による岩塩採掘の模様が説明されて行く。
途中の緑の地底湖ではさすがにショパンの別れの曲の演奏がかかり幻想的の雰囲気をかもしだしていた。
成田空港~ハンブルク


ブレーメン.リューベック
ベルリン~ポツダム
ドレスデン~マイセン
プラハ


チェスキークロムロフ
ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




カウナス
シャウレイ
ラトビア・リガ



ヘルシンキ~成田空港
日程表 ⇒ 予約表 ⇒
緑に輝く神秘的な塩湖

地下深く木の階段を下りていく。
ヴィエリチカ岩塩坑
1044年の創業(ポーランド王国のクラクフへの遷都は1038年)。「キンガ妃の指輪事件」がきっかけとなり国営企業となったのは1250年。廃坑になっていない岩塩坑としては世界最古で、同時に世界最古の製塩企業でもある。深さは地下 327㍍ 、全長は 300㌖ 以上に及ぶ(廃坑になっているものも含めると世界最古の岩塩坑は同じくポーランド共和国マウォポルスカ県にあるボフニャ岩塩坑。
特筆すべきは、観光客向けの 3.5㌖の坑道で、歴史上や神話上の様々なモチーフを象った彫像が並んでいる。その全ては、坑夫たちが信仰のために岩塩を彫り上げたものである。さらには屈曲した部屋や礼拝堂が岩塩で形成され、岩塩採掘史の展示までがなされている。さながらそこは岩塩製の地下大聖堂のごとき景観を呈しているのである。
この岩塩坑には年間110万人もの観光客が訪れる。長い歴史においてこの岩塩坑を訪れた有名人には、ニコラウス・コペルニクス、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、アレクサンダー・フォン・フンボルト、ドミトリ・メンデレーエフ、イグナツィ・パデレフスキ、ロバート・ベーデン=パウエル、カロル・ボイティワ(後のヨハネ・パウロ2世)、ビル・クリントンなどがいる。第二次世界大戦中には、この岩塩坑を占領したドイツ軍がその一部を軍需物資の製造拠点として使用した。
ヴィエリチカ岩塩坑は深度64~325㍍複雑に入り組んでいる。ところどころ滴り落ちる水滴も濃い塩水だそうだ。
ヴィエリチカ岩塩坑は深度64~325㍍複雑に入り組んでいる。ところどころ塩の結晶が溶け出し、滴り落ちる水滴も濃い塩水だそうだ。
最後の大礼拝堂は大きなシャンゼリアが輝いて大深度地下とは思えない豪華な雰囲気。
岩塩鉱ツアー最後のハイライトキンガ大礼拝堂は大きな塩の結晶で出来たシャンゼリアが輝き、大深度地下とは思えない豪華な雰囲気。
輝くシャンデリアも塩の結晶でできている
キンガ大礼拝堂でグループは解散となりここからは自由行動。地上へ戻るリフト乗場へ向かい列に並ぶ。





小さなリフトで狭い空間に7~8人が乗せられ、満員電車のようなぎゅうぎゅう状態で真っ暗な狭い坑道を数分かかって上がっていく。一緒に乗った外人女性グループの歓声を聞きながらやっと地上に戻ってくる。
出口についたのが12:30で帰りの電車は12:38。まだ電車に間に合いそうなので駅への坂を急ぐ。
すでに電車はホームに入っている。急いで乗り込んで 13:00頃クラクフ中央駅帰る。
中央駅のショッピングセンターでMがブロツワフのレストランに手袋を置き忘れてしまい、探すと気に入ったものがあり購入。牛皮の手袋が125ズロチ(3700円)日本の1/3くらいだろうか、とにかく物価が安いのでMは大喜び。
ヴィスワ川側からヴァヴェル城を眺めると城壁が夕陽に赤く染まってとても綺麗。
城の遊歩道にハリウッド.ウォーク.オブ・フェームを真似た有名人の手形。
クラウディア・カルディナーレ
チュニジア生まイタリアの女優/刑事など
アンジェイ・ワイダ
ポーランドの映画監督/灰とダイアモンドなど
コスタ-ガヴラス
ギリシャ生れフランス映画監督/ミッシングなど
ベネディクト・カンバーバッチ
イギリスの俳優/SHERLOCK、戦火の馬など
ヴァヴェル城南ふもとの竜の像。ヴィスワ川洞窟に住んでいた竜が悪行を続け見かねた靴職人が竜退治をし、王の娘と結婚したという伝説のある竜の像、不定期に口から火を噴くのだが今日は見られなかった。
城の見学後、調べておいた城からカジミエシュ地区へ向かう途中のレストラン『小作人の食物Chlopskie Jadlo Restauracja』へ。
夕方入店したのでまだ客もまばら、日本人客の多く評価の高いレストラン。
ビール1500cc.ブタ肉のシュニッツェルと400gビーフステーキにパンとチーズがついて109ズロチ、チップを入れて120ズロチ(3600円)と本当に安くてびっくり。

ブタ肉のシュニッツェルは野菜もたっぷり

400gビーフステーキ
店を出る頃はすっかり夜の街。
レストランからホテルは城を挟んで反対側。ライトアップされた城の下を歩いてホテルに帰る。
今日の歩行数 19486歩

クラクフから
ワルシャワへ移動
2015年11月04日
クラクフ
首都ワルシャワへ




 
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ポーランド・ヴロツワフ
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クラクフ
ワルシャワ
リトアニア・ヴィリニス




カウナス
シャウレイ
ラトビア・リガ



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ポーランド国鉄(PKP)飲物とチョコレートのサービス
11月4日(水) 晴れ ポーランド国鉄でワルシャワへ
ラジソン・ブルー一階レストランで朝食。となりのテーブル中国人ご夫婦タッパーに周りも気にせず、いっぱい朝食食材を詰め込んでいた。同じアジア人として恥ずかしい。
9:15分チェックアウトして中央広場を通ってクラクフ中央駅まで歩く。この旅行で唯一都市間をポーランド国鉄(PKP)列車で移動する。10:11分発ワルシャワ行き、奮発して1等車を予約していた。二人で日本円8700円程なのでやはりだいぶ安い。
クラクフからポーランドの首都ワルシャワへ
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