セカンドライフ シニアの旅 団塊世代KenとMaryのNO-SIDE

2014年9月 カナダ/アメリカ東海岸

海外紀行TOP
カナダ/アメリカ日程
HOME Ken & Merry's Second Life
バンクバー
オタワ
モントリ
オール
ケベック
シティ
シャーロット
タウン
トロント ナイアガラ ワシントン
DC
フィラデル
フィア
ニューヨーク
(1)
ニューヨーク
(2)
ボストン
2014年9月25日カナダ/ケベック州 
 ケベックシティー Quebec City
モントリオール シャーロットタウン
2014年9月25日
モントリオール
ケベックシティへ
フェアモント ル シャトー
フロントナック

NO-SIDEホームへ
HOME
K&MSecond Life
ケベックシティ.ホテル/Fairmont Le Chateau Frontenac

モントリオールからオルレアン.バスで14:15ケベックシティVJA鉄道駅に隣接するバスター ミナルへ到着。駅前公園から遠く高台にシャトーフロントナークの尖塔だろうか、それを目指してゆっくり坂道登っていく。ケベックシティ旧市街にあるホテルへはかなり急な坂道だったが所々に歴史的建造物やショップが並びそれらに目を奪われながら歩いて行った。


シャトー・フロンテナックはケベックシティのランドマーク的な老舗ホテルで予約をする時にBooking社の評価を見ると5☆ホテルとしては低い評価だった。しかしケベックシティでは一番の歴史的建造物的価値からここに泊まることを決めていた。

シャトーフロントナック
Fairmont Le
Chateau Frontenac
セントローレンス川沿いに立地しており、緑青の吹いた銅葺き屋根とレンガの壁に窓の白い縁飾りが特徴の、フレンチ・ロマネスク風の建築である。建て増しの結果、高層棟とそれを取り囲む5棟の低層棟で構成されており、合計で600の客室をもつ。1953年、アルフレッド・ヒッチコックが制作した映画『私は告白する』(I confess)の舞台にもなった。カナダ太平洋鉄道社主であったウィリアム・コーネリアス・ヴァンホーンの発案により、鉄道会社が富裕層の利用客を惹きつけるために、贅沢な旅行を奨励する施策の一環として建てられたのが起こり。19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てられたシャトー・スタイルホテルのうちの1つで、アルバータ州の「バンフ・スプリングス」とともに、社主と親しかった建築家ブルース・プライス(英語版)による設計。史跡のシタデルからほど近い場所に17世紀後半より建設が始められ、1893年に開業した。ヌーヴェル・フランス総督(1672年-1682年、1689年-1698年)であったフロンテナック伯爵ルイ・ド・ブアド(Louis de Buade de Frontenac)の爵名に由来してホテル名とした。1943年8月、英国首相ウィンストン・チャーチルとアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトが第二次世界大戦における戦略を話し合ったケベック会談で、多くの来賓はこのシャトー・フロンテナックに滞在した。この時、カナダからは当時のカナダ首相ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キングが招待されている。ホテルはセントローレンス川を見下ろす岬の高台にあり、眺めが非常に良い。七年戦争(別名:フレンチ・インディアン戦争)の舞台にもなった1759年9月のアブラハム平原の戦場近くでもある。現在はトロントに本社を置くフェアモント・ホテルズ・アンド・リゾーツにより運営されている。
by-Wikipedia

午後3時、街一番の高台にあるホテルに到着。豪華なロビーを入りフロントへ。少し早いとは思ったが、チェックインは16時からとあっさり言われ入室出来ないで荷物を預け外へ出る。ケベックシティの観光はこのホテル中心に四方にひろがり集中している。ただホテルの上から目線の応対に良くない評判も納得出来る。


シャトー・フロントナックホテルの裏側はテラス・デュフランと呼ばれる700㍍の木製の遊歩道になっている。セントローレンス川に沿った板の歩道からは大型客船が係留された先の対岸にオルレアン島が眺められる素晴らしい景観。


ケベックシティ旧市街の歴史地区はユネスコ世界遺産に指定されている。セントローレンス川を見下ろす丘の上にある城壁に囲まれたアッパータウンと、城壁の外とセントローレンス川に挟まれた城下町的なロワータウン2つのエリアからなっている。

旧市街にあるノートルダム聖堂

ケベック・シティー(フランス語: Ville de Québec、英語: Quebec City)
ケベック・シティーは、カナダケベック州の州都であり、州内ではモントリオールに次いで人口が多い。2006年の調査によると人口は491,142人(国内9位)で、大都市圏内では715,515人(国内7位)である。セントローレンス川が、ダイアモンド岬と、対岸のレヴィとに接近した地点で狭まっていることから、先住民アルゴンキン族の言葉で「川が狭くなっているところ」を意味する「ケベック」という名前になった。市内の旧市街はメキシコ以北では現存する唯一の城郭都市となっており、1985年にユネスコの世界遺産に「ケベック旧市街の歴史地区」として登録された。1608年に設立されており、北米内で最も古い歴史を持つ都市の一つでもある。アメリカ文化が強い北米で、公用語がフランス語でかつ人々の生活様式や文化の面でフランス文化が強いという独自性を放つ。ケベック州との区別から一般に「ケベック・シティー」、または「ヴィル・ド・ケベック」と呼ばれる。フランス語ではケベック州は「le Québec」、ケベック・シティーを単に「Québec」と呼び、区別している。


4時にホテルに戻りチェックイン、部屋は老舗ホテルらしい上品で清潔なツインルーム、チェックイン前に預けた荷物は部屋に運ばれていた。


2014年9月26日
フェアモント ル シャトー
フロントナック
ケベックシティ観光
Je me souviens『私は忘れない』

ケベックシティの車のナンバープレートにはジュ・ム・スヴィアン(Je me souviens)『私は忘れない』という意味のフランス語のケベック州の公式モットーが記されている。


夕方のケベックシティ街歩きは賑やかで俗っぽい街から、北米に現存する最後の城壁に囲まれた石畳のSt-Jean通りを歩く。400年前にタイムトラベルした気分になれる。


やっと古い風情を感ずる街並みで地元の食材店J.A. Moisanという店に入る。


期待通りメープルシロップがたくさん並びしかもお土産でなく地元の人が買う状態大瓶3本を土産にするというと若いスタッフがリボンをかけて丁寧すぎるほどの包装をしてくれる。一緒に果物・パンなど買って夕闇のまちをホテルに戻る。


夜のテラス・デュフランはシャトーフロントナークがライトアップして優雅な風情だ。



ホテルに戻りシャワーに入る。ハンドルが相当強い力で回さないと動かない。女性はどうするんだというくらい、格好ばかりでここにもホテルの配慮のなさ評価の低さを感ずる。広いベッドでゆっくり休めたのせめてもの救い。


2014年9月26日
ケベックシティ
2010年9月27日
深夜バス

9月26日
シャーロットタウンへの移動は今日の深夜バスで明日夕方までお風呂に入れないので、9時頃起きてゆっくりお風呂に入る。12時チェックアウト時間にフロントで清算して荷物を預け街に出る。ケベックシティ最後の一日だ。


木製歩道テラス・デュフランでベンチに座りのんびり景色を眺めてから、ケベックシティ発祥の地 ロワイヤル広場があるプチ・シャンプラン通りへ、フニキュラー(ケーブルカー)もあるが「首折階段」と呼ばれる急階段を歩いて下りる。


港方向のローワータウン・プチシャンプラン通りに降りる。急階段脇にケーブルカー・フニクラーレが行き来している。ケベックシティはフランス語が公用語らしく旧市街ローワータウンはパリの裏道を歩いているようだった。



地元の芸術家が集まるトレゾール通りの絵画店で壁掛け用に小さな油絵を購入する。


港沿いの道をずっと歩くと昨日バスが着いたVIA鉄道駅前に出る。街を一周してしまった。


VIA鉄道駅

カナダ国鉄VIA駅で少し休み、次はMの希望でグランダレ通りにある地元の人達が利用するマルシェ・アール ド プ チ カルティエに行ってみる。


途中ダルム広場(PLACE D'ARMES)から10分位でケベック州議事堂前を通る。


ケベック州議事堂正面の、ジェームズ・ウルフとルイ=ジョゼフ・ド・モンカルムの像の間の紋章にもジュ・ム・スヴィアン(Je me souviens)『私は忘れない』と刻まれている。



何度も道を尋ねながらやっとマルシェ・アール ド プ チ カルティエ(市場)に着く。


店の雰囲気はレトロな感じはないが期待通り地元の食材が並び、深夜バス移動用にサンドイッチなど買う。



途中休み休みしながらホテルに戻るり預け荷物をピックアップしてホテルを出る。


ホテル前の公園でマルシェで買ったものお土産、食料品などを整理してトランクに詰めて夕闇せまる街を後にしてバスターミナルに向かう。

ホテル前の公園

VIA駅はバスターミナルも併設しているが夜は寒く鉄道駅の待合室に移動して待つことにする。まだだいぶ時間があるのでMを残してもう一度フロントナークホテル周囲の夜景を撮影しに行く。

2014年9月28日
フェアモント- ル
シャトー フロントナック
28日00:45
Quebec
BusTerminal
28日03:50
RivereDuLoup乗換
28日13:25
Moncton NB乗換
28日15:00
Amherst-NB乗換
Charlottetown
BusTerminal

28日17:00
ホテル
CityGardensB&B

深夜バスの待ち時間にシャトーフロントナーク周辺の夜景を撮影。



深夜バスの待ち時間にシャトーフロントナーク周辺の夜景を撮影。



9月27日
夜23時過ぎになるとバスターミナルにはほとんど誰もいない。駅員さんが時々行き来するので治安の心配はなかった。



深夜12時近くに大きなトランクを4つも運ぶ若いカップルが登場。愛想のいい人たちで話しかけると、ミャンマーから数日前に来てシャーロットタウンに住む親族の元へ移住する途中だという。シャーロットタウンまでの長いバス旅にいい道連れができてほっとする。


午前0:30分、やっと4番ゲートにバスが入ってくる。乗客は全員で6名。乗り終わるとすぐにバスは発車した。深夜のケベックシティから郊外に出て高速道路を走り3時間少し。午前3:50に最初のリバー・デュ・ループバスターミナルに到着。ここで午前4:30発のマリタイム.バスに乗り換える為人気のないターミナル待合室で待つ。



夜明けのリバー・デュ・ループで乗り換えたマリタイムBusは次のモンクトンに13:25到着。


モンクトンでひとまわり小さなバスに乗換。
2014年9月28日
フェアモント- ル
シャトー フロントナック
28日00:45
Quebec
BusTerminal
28日03:50
RivereDuLoup乗換
28日13:25
Moncton NB乗換
28日15:00
Amherst-NB乗換
Charlottetown
BusTerminal

28日17:00
ホテル
CityGardensB&B

モンクトンでは中型バスになりミャンマーからのカップルとは乗り換えの度に声を掛け合い一緒に乗車。






HOME

旅紀行(海外)

旅紀行(国内)

旅紀行(札所)

温泉紀行

日曜名画座

Retirement

Hit-Parade

 Archive

Mami

Site.Map

Profile

シャーロットタウン行くAmherstバス停で最後の乗り換え。一番小型バスになる。


15:10発のバスはコンフェデレーションブリッジを渡りプリンスエドワード島に入る。



17:00時シャーロットタウンバス停にやっと到着。いままでで一番長いバス旅だったが思っていたほど大変ではなかった。ミャンマーからのカップルは親族の熱い出迎えを受ていた。サヨナラを言っった後バス停から宿のシティガーデンズB&Bまで20分位田園風景の道を歩いて行く。


『赤毛のアン』の島へ


モントリオール

『赤毛のアン』の島シャーロットタウン
海外紀行 日本紀行   札所紀行 温泉紀行 日曜名画座 RETIREMENT HIT-PRADE MAMI ARCHIVE PROFILE SITE-MAP

セカンドライフ シニアの旅 団塊世代KenとMaryのNO-SIDE 
HOME Ken & Merry's Second Life

NO-SIDE  It aims at a happy retirement E-mail: no-side@no-side.us
Copyright c1998-2007 Ken&Mary. All rights reserved.