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2014年9月 カナダ/アメリカ東海岸

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  アメリカ合衆国ニューヨーク州 
2014年10月5〜7日 ニューヨーク NewYork (2)
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2014年10月06日
ウォール街
9.11メモリアル
チェルシーマーケット
カサブランカホテル



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マンハッタン島
街歩き順路⇒

人生で一番綺麗な夜景だった...Empire State Building:ナイトツアー

NewYork(1)

Boston













 
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 日曜名画座

自由の女神観光を終えて、リバティ島から帰りの船でバッテリー・パークへ戻る。
バッテリー・バークからブロードウェイを北にグラウンドゼロ・9/11メモリアルパークへ向かって歩く。 
ブロードウェイはバッテリーパークからマンハッタン北端までの通り。

チャージング・ブル

チャージング・ブル
製作者:Arturo Di Modicaは$360,000をかけ製作しており、1987年の株式大暴落いわゆるブラックマンデーを受けて"アメリカのパワーの象徴"を意味して作られた。このアイデアは制作者個人のものであり、"ゲリラ・アート"として1989年12月15日にロウワー・マンハッタンのニューヨーク証券取引所の向かいのブロード・ストリート中央にある60フィート (18 m)のクリスマスツリーの下に突然設置された。これはニューヨークの人々へのクリスマスプレゼントと銘打たれ、Di Modicaはこの日この作品を説明したチラシをツリーの元に集まってくる群衆に配布し、多くの人々の賞賛と注目を受けたが、警察はこの銅像を押収し一度は銅像は拘置されたが、人々の激しい抗議によりニューヨーク市公園・保養局 はこの銅像を証券取引所から2ブロック南のブロードウェイに面しているボウリング・グリーンの広場に正式に設置することを決めた。
ボウリング・グリーンにある巨大な雄牛の銅像『チャージング・ブル』金融用語でブル・マーケット(アグレッシブで楽観的な繁盛市況・上昇相場)の象徴

歴史博物館

バッテリーパークからウォール街へ途中の歴史博物館


9.11アメリカ同時テロ跡地に建築された「グラウンド・ゼロ」
マンハッタン島
街歩き順路⇒

1973年4月4日ワールドトレードセンターは日系建築家ミノル・ヤマサキ設計で完成。しかし2011年9月11日同時多発テロにより破壊される。それ以降跡地は「グラウンド・ゼロ」と呼ばれテロ犠牲者の追悼の場となっている。現在6つの新しい高層ビルや記念碑などが次々と建てられ、地下鉄が開通し崩壊の傷跡を残しながらも新しい姿に生まれ変わりつつある。



2011.9.11

グランド・ゼロ近くにある 日系アメリカ人彫刻家イサム・ノグチ氏のRed Cube。
イサム・ノグチさんは山口淑子(李香蘭)さんの元ご主人。

ウォール街の通りから正面にあるトリニティ(三位一体の神)教会 
ブロードウェイ79/トリニティ教会

フェデラルホールはウォール街26番地にあるアメリカ合衆国議会旧議事堂。
ウォール街(Wall Street)
ニューヨーク市マンハッタンの南端部(ロウアーマンハッタン)に位置する細い通りの一つ。ブロードウェイから東へイースト・リバーに下る場所にある。現在では通りの周辺の区域も含めて、世界の金融地区「ウォール街」として定着しており、ニューヨーク証券取引所をはじめ米国の金融史とゆかりのある地区である。米国の金融業界や証券市場を指す比喩としての用法もある。しかし現在では多くの金融機関が、かつてウォール街に置いていた本社機能をミッドタウン、ニュージャージー州やブリッジポートへと移転させてしまっている。JPモルガン・チェースが最後まで残っていたが、2001年11月、本社ビルをドイツ銀行に売却した。このため、もはやウォール街には純米国資本の大手金融機関の本部は存在しない。付近にはニューヨーク連邦準備銀行やフェデラル・ホール、トリニティーチャーチなどもある。ブロードウェイを南に少し下ったところにある雄牛像は有名。なお、今や観光名物となったこのブロンズ像「チャージング・ブル(突進する雄牛)」は、イタリアのシチリア島出身の芸術家アルトゥーロ・ディ・モディカ(Arturo Di Modica)が制作し、1989年12月15日に無許可でニューヨーク証券取引所前に設置したものだが、その後様々な手続きを経て現在の場所に至る。1652年、オランダ(ネーデルラント連邦共和国)の植民地ニューアムステルダム(現在のニューヨーク)を管轄していたオランダ西インド会社が、インディアンや、ニューイングランドに入植したイギリス人からの攻撃に備えて、木材などを利用して築いた防護壁(wall)に由来する。もっとも実際の戦闘で利用されることはなく、1699年に解体された。1792年、材木の取引のために商人や投資家が集まり非公式に取引所を開設した。これがニューヨーク証券取引所のはじまりである。20世紀に入るとアメリカの繁栄に従い、世界の金融の中心として発達する。
フェデラルホール
1700年にニューヨーク市の市庁舎として建設され、1789年アメリカ合衆国議会最初の議事堂として開催され権利章典が採択される。このとき、この建物はフェデラル・ホールと改称された。そしてジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国大統領に選出され、この建物で就任演説を行った。1790年に首都がフィラデルフィアに移動したことにより、再びニューヨーク市庁舎として1812年まで利用され、その後取り壊された。現在の建物は1842年に建てられた米国税関の建造物物は、フェデラル・ホール国定史跡として1939年5月26日国定記念建造物として1955年8月11日に、国家歴史登録財として1966年10月15日に登録された。1965年12月21日には、ニューヨーク市歴史建造物に登録された。

ニューヨーク証券取引所
ニューヨーク証券取引所沿革
1792年5月17日 - 24人の仲買人によって「すずかけ協定(英語版)」(Buttonwood Agreement)が結ばれる。
1817年3月8日 - "New York Stock & Exchange Board"に改称。定款を制定、議長を選出し組織化する。
1869年 - ゴールドマン・サックス設立により現在の体制に。
1903年 - 世界屈指の金融街、ウォール街に今の取引所建物が竣工。
1929年 - 暗黒の木曜日(ブラック・サーズデー)─過熱気味のニューヨーク・ダウが大暴落、世界大恐慌が起こる。
1987年 - 暗黒の月曜日(ブラック・マンデー)─前営業日比約508ドル安(下落率22.6%)と株価が暴落。
1999年 - ニューヨーク証券取引所自ら株式公開。
2001年 - アメリカ同時多発テロ事件により、4日間取引を停止。ニューヨーク・ダウが大幅に下落。
2006年 - 持株会社NYSEグループが株式を上場(ティッカー:NYX)
2007年 - 東京証券取引所と投資信託事業等の業務提携発表。
2007年 - 持株会社NYSEグループとユーロネクストが合併し、NYSEユーロネクストとなる。
2008年 - 世界金融危機によりニューヨーク・ダウが1万ドル以下に暴落。
2010年 - 高速取引による大量の売り注文によって、一時998ドル安と過去最大の下落幅を記録。
マンハッタン島
街歩き順路⇒

チェルシーマーケットはナビスコのオレオクッキー工場だった建物をリノベートして作られた巨大マーケット。夕食をここで食べようと行列にならびスープ、サンドウィッチを買うこれがあたりすごく美味しい。

チェルシーマーケット

チェルシーマーケットの前の9番街を北へ向かい、34st丁目で7番街へタイムズスクェアからホテルに戻る。
ニューヨークは碁盤の目のように...Ave(街)と...st(丁目)と表示され迷うことがない。京都の(上ル)(下ル)(入ル)に似ている。カサブランカホテルで今日も2階のハッピーアワーでワイン・飲み放題Mは大喜び。



ホテルで休憩の後VELTRA社催行のニューヨーク夜景ツアーに参加する為集合場所に向かう。
2014年10月06日
ナイトツアー
タイムズスクエア
ハミルトンパーク
ブルックリン橋
エンパイアステートビル
カサブランカホテル



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19:30 タイムズスクェアから10分ほど北へ歩いてVELTRAナイトツアー集合場所のマンハッタンタイムズスクェアホテルへ。


午後7時過ぎのタイムズスクェア



マンハッタン タイムズ スクェア ホテル ロビーでツアー参加者の方々と合流。



20:00ニューヨークナイトツアー参加者は7名、 ツアーガイド兼ドライバーから簡単な説明があり、バンに乗って出発する。

VELTRA社
夜景鑑賞ナイトツアー
  ニューヨークの3大夜景! 
  エンパイアステートビル
  ニュージャージー
  ブルックリン橋際
■ハミルトンパーク
(Hamilton Park)
ハドソン川(Hudson River)に沿った高台にある小さな公園です。ここではマンハッタンを一望することができ、ニューヨーク最高の夜景鑑賞スポットとして人気が有ります。高層ビルが乱立しているミッドタウンの真正面になるため、写真撮影の舞台として使われたり、バスも頻繁に行き来する観光名所でもあります。

最初はハドソン川の地下自動車道を通ってニュージャージー・ハミルトンパーク。


ハミルトンパークでは数台の観光バスが停車中、定番の夜景スポットなので。初めて肉眼で見るマンハッタンの夜景はとにかく綺麗。真ん中のブルーの建物はエンパイア.ステート.ビルディング。

ハミルトンパークからのマンハッタン夜景

マンハッタン南側、今朝 自由の女神見学でフェリーに乗ったバッテリーパーク方面。

ドライバーの方の好意でブルックリン橋へ行く途中立ち寄ったハミルトンパークから少し下った人気レストランの遊歩道からマンハッタンの夜景を見る。


ニューヨーク夜景ツアー次は、イーストリバーに架かるブルックリン橋を渡る。

ブルックリン橋を渡ってブルックリン・ブリッジパークからの夜景。ハミルトンパークとはマンハッタンを挟んで反対側から。

VELTRA社
夜景鑑賞ナイトツアー
  ニューヨークの3大夜景! 
  エンパイアステートビル
  ニュージャージー
  ブルックリン橋際
■ブルックリン橋
(Brooklyn Bridge)
マンハッタン島とブルックリン区をつなぐブルックリン橋はゴシック様式で建築されたアメリカの最古の吊り橋です。夜になると橋はライトアップされ、夜のニューヨークを一層華やかに彩ります。ニューヨークの人気観光スポットとして、連日多くの人が訪れています。

夜景の写真は旅行前に何度か試し撮りしてきたが、本番は上手く撮れるか心配だったがカメラにお任せでシャッターを押し続けた。


ニューヨーク夜景ツアーの最後はブルックリン橋からマンハッタンに戻りエンパイアステートビルディングの上から。

左前 エンパイアステートビルディング入口

午後10過ぎ、エンパイアステートビルディング近くの道路で車を降りビルに入る。入口で厳重なセキュリティチェックを受けて2階へ。

VELTRA-Alan1.netツアー
  ニューヨークの3大夜景! 
  エンパイアステートビル
  ニュージャージー
  ブルックリン橋際
  夜景鑑賞ナイトツアー
■エンパイアステートビル
(Empire State Building)
20世紀前半に流行したアール・デコ(Art Deco)様式で作られたマンハッタン島を代表する高層ビルです。全長は443.2mで、世界で最も高い建物の一つとなっています。大恐慌のさなかに着工され、2年ほどで完成。完成直後は入居者もなく、陰口を叩かれたこともありましたが、常に天高くそびえるビルは不況にあえぐ人々の明日への希望でもあったといいます。
エンパイアステートビル入口でセキュリティチェック

エスカレーターで2階のエレベーター乗り場、普段行列がすごい場所らしいが今日は全くスムース。ノンストップのエレベーターに乗って80階へ。



80階で86階行きのエレベーターに乗換える。




80階乗換えフロアーにはビルに関連した写真が展示物されている。普通ここまで1時間以上はかかるそうだが、今夜は全く待つことなく順路を進む。


86階に到着すると展墓フロアは人の波、ここまでくるのに混雑の時は3時間もかかると聞いていたが、30分もかからないで到着。
そして展望台に出た数秒後、エンパイアステートビルディングの絶大な人気の理由がわかった。
目の前に広がるニューヨークの夜景には言葉を失う。圧倒的な情景に夢の世界にいるようだった。


世界中から毎日毎晩このビルからの情景を見るために人が押し寄せるのがわかった。


しばらく茫然と呼吸するのも忘れて見入ってしまう。

Empire State Building.....By Wikipedia
リッチモンド・H・シュリーブ、ウィリアム・F・ラム、アーサー・L・ハーモン(Shreve, Lamb and Harmon)の3名によって設計されたエンパイア・ステート・ビルディングは、マンハッタン島を代表する高級ホテルであるウォルドルフ=アストリアが建っていた跡地に建設された。低層部や最頂部には、当時世界的に流行したアール・デコ様式が採用されている。
工事はクライスラービルから「世界一の高さのビル」の称号を奪うために急ピッチで行われ、1931年に竣工したが、世界恐慌の影響でオフィス部分は1940年代まで多くが空室のままであった。そのため、「エンプティー(空っぽの)・ステート・ビルディング("Empty State Building")」と揶揄(やゆ)されることもあったが、戦後は多くの人々が訪れる観光名所となり、1972年にワールドトレードセンターのノースタワーが竣工するまでの42年間、世界一の高さを誇るビルとなっていた。完成して55年が経った1986年には、アメリカ合衆国国定歴史建造物に指定されるなど、ニューヨークのシンボルの一つとして認知されていった。
2001年9月11日にテロ集団のアルカイダによるアメリカ同時多発テロ事件が発生し、ワールドトレードセンターが複数の旅客機を用いた体当たり攻撃を受け、内部に居た多数の利用者も巻き込みながら崩壊してしまった際には、ノースタワーを電波塔にしていた各局が放送不能となるが、WCBS-TVはエンパイア・ステート・ビルの電波塔を活用し、放送を続けた。テロ後、WCBS-TVは被害を受けた各局に電波送信スペースの貸し出しを行った後、2005年より地上波テレビ各局の電波塔がこのビルに集約されることになった。 アルカイダによるワールドトレードセンターへの複数の旅客機を用いた体当たり攻撃と崩壊という悲劇的な理由からではあるが、再び「ニューヨークで最も高いビル」となった。2012年4月30日建設中のワールドトレードセンターのフロアの高さがエンパイアステートビルのフロアの高さを上回った。2013年5月10日には、アンテナを含めた最長部の高さもワールドトレードセンターがエンパイアステートビルを上回り、ニューヨークで最も高いビルの座は再び入れ替わった。
≪展望台≫
エンパイア・ステート・ビルディングの屋外展望台は世界的に有名なもののひとつであり、1億1千万人を超える来場者が訪れている。ビルの86階(320m)にある屋外展望台からは窓越しではなく、直接ニューヨークの街を360度一望することができる。102階(381m)にある第二展望台は1999年に一度閉鎖されたが、2005年11月の再オープンより追加料金を支払うことで入場できるようになった。しかし86階のものと比べると非常に小さく、またガラスで完全に囲われたものであり、混雑する日(週末)には閉鎖されるので注意が必要である。展望台までのルートは、公式ウェブサイトによると、「ビルそれ自体と同じように有名」であるとしている。それはサイドウォークの列、ロビーエレベーターの列、チケット購入の列、第二エレベーターへ続く列、そしてエレベーターを降り展望台へと続く列の5つからなるものである。また特別料金を支払うことで列に並ばずに展望台へ行くことも可能。列の途中では記念写真の撮影があり、帰りの際には完成した写真をみて購入することができる。
ビル

マンハッタン北側、下にタイムズスクェア。

ビル西側はハドソン川でその向こうがさっき行ったハミルトンパークのあるニュージャージー。

マンハッタンの東側〜北側〜西側〜南側へ左回りに人の流れに従って進み、立止まり、進み、立止まり進むしながら一周する。

マンハッタン南側。ウォール街やバッテリーパーク・フェリー乗り場、自由の女神のあるリバティ島方向。

86階展望台から帰り出口。

86階出口エレベーターホール。

下りのエレベーターでエンパイアステートビル2階に戻ってくる。


前の通りのツアーバスに戻るとガイドさんがあまり早いので驚いていた。普通2〜3時間かかるらしいので今日は本当にラッキーだと言っていた。しばらくして全員揃ったところで順番にバスで送られホテルへ。
ホテルには午前0時過ぎ帰ってくる。




10月7日
9:30ホテルを出てニューヨーク最後の街歩き。
2014年10月07日
ニューヨーク最終日
国連ビル他街歩き
ミュージカル鑑賞
カサブランカホテル

41.stのバスターミナルへ行き明日ボストン行きのバスゲイトを確認する。そこから42stニューヨーク市立図書館見学。


1番街の国連本部へ。


5番街49stの老舗デパートサックスに入る。2階レディースJohoCruzという店で半コート、ニットのベスト試着して、6階まで見て歩く。2階の店のものが一番気に入ってカードで支払いニットを着て帰り半コートは包装してもらう。普段はほとんどしないことだが何気なクレジット控え見ると6064.34$表示?一桁勘違い。278jと299j計606jと思って買ったのだが店員さんに丁重にお詫びしてキャンセルしてもらう。そのまま着て帰っていたら65万円位請求がくるはず。薄手のコートとニットのセーターでは少し贅沢すぎる。日本の娘に話すとニューヨークのブランドショップならその位普通と言われつくづく世間知らずの自分達と思い知らされた。
デパートを出て、ほっとするやら大笑いしながら歩く。

メッツビル

デパートを真っ直ぐ進むとロックフェラーセンターののっぽビル。


〜ラジオシティ〜メッツのオフィシャルショップでメッツのキャップを買う。


ホテルに帰り今日も2階のハッピーアワーでワインをいただき部屋に戻り少し昼寝。19:00からブロードウェイのインペリアル劇場でミュージカル『レ・ミゼラブル』観劇。3列目の席は舞台の直ぐ前。


さすが本場の舞台はものすごい迫力。演ずる役者さん達の歌、踊り、そして舞台装置すべてが素晴らしいかった。

22:30余韻を残しながらホテルに帰る。道すがらのタイムズスクウェアは人の波で不夜城のおもむき。

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ニューヨークでの日程もすべて終わり明日は旅行最終都市ボストンへ。

NewYork/Casablanca Hotel
2014年10月08日
ニューヨーク
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