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2011年12月1日〜3日  長門湯本温泉〜 萩〜温泉津温泉
飛行機 列車・電車 バス・タクシー 徒歩 宿
2011年12月1日(木)
秋芳洞
仙崎
みすず通り
長門湯本
玉仙閣

仙崎・金子みすず生家
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秋芳洞見学後、バスターミナルにから10:40のバスに乗り金子みすずの生まれた町 仙崎でみすずの足跡を訪ねる。仙崎駅前から始る通りはみすず通りと名づけられた道を歩くと中ほどに、金子みすず記念館(元本屋さんだったみすずの生家)がある。 理解のない夫との結婚が不幸をよんだと推測される。劇団若草を立ち上げた弟・上山雅輔は子供の頃養子に出され、姉みすずにほのかな恋心を抱いていたようだ。その弟がみすずの結婚には大反対していたのだが姉は結婚し、自らの命を絶つ不幸に終わってしまう。

金子みすゞ(本名テル)は、明治36年大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。
(みすゞ著作権保存会)


のちに弟はみすずの遺作を世に出そうと奔走して姉の死後54年後1984年遺稿集を出版、世に金子みすずを知らしめた。 26歳の若さで逝った天才詩人の人生は詩とともに心を打つ。弟がいなければ金子みすずの存在はほとんど知られずに終わっていたのだ。みすず通りを歩いているとあちこち軒先に何気なくみすずの詩が張り出されていた。


仙崎駅に戻り12:45分の電車に乗り長門市駅で乗り換え長門湯本駅に13:34着。
長門湯本駅は無人駅。小雨が降り始めたが、今夜の宿・玉仙閣まで歩いて行く。 駅から10分位で着き、チェックインする。駅から歩いてきてMが急に足の甲に痛みを訴え歩くのも辛そう。明日からが少し心配だがお風呂に入ってゆっくり休めば良くなるとその時は思っていた。


長門湯本温泉:玉仙閣・貴妃風呂入口とお風呂

部屋に通されると窓際に虫が数匹舞っていて、それは「かめ虫」という虫で攻撃性はないが触ると異臭を発するので、窓を開けないことと、見つけても触らないで下さいと仲居さんから注意される。今年は異常発生いるということですでに部屋の中に入っていた虫を見つけてガムテープで捕まえていった。
少し気味が悪いが害はないようだからと気持ちを切り替えお風呂に行く。ここのお風呂は中国の西安で発見された楊貴妃のお風呂を忠実に再現したお風呂でこの宿のシンボルだ。


料理はお部屋でいただく。
好物のさざえのつぼ焼きが安く美味しいので2皿も食べた。

今日の歩行数8213歩 歩行距離5.7q
2011年12月2日(金)
晴れ時々曇
玉仙閣
長門湯本
東萩
萩市内
松蔭神社
萩本陣

長門湯本・大寧寺

早朝5:30起床。まだ外は真っ暗だが一番風呂に入る。Mの足痛は昨日と変わらず、歩くのも辛そう。
朝食は一階の食事処で。9:30チェックアウト宿で教わった山道を歩いて大寧寺に行く。山口の五重の塔・浄瑠璃寺を建てた
大内家最後の当主31代大内義隆が謀反で倒れこの寺に葬られている。お寺を参拝してMの足痛に合わせてゆっくりゆっくりと長門湯本温泉駅まで歩く。

JR長門湯本駅

長門湯本駅の電車は一時間に一本しか走っていなく11:15分まで一時間近く待ってやっと乗る。
長門市駅で乗り換え東萩12:43分到着。


駅で荷物をコインロッカーに預け観光案内所で地図をもらって街歩きに出発する。
萩の街は一歩大通りから入ると何処もひなびて静かで、そのままタイムスリップして羽織袴の侍が出てきてもおかしくない風情のある街で、江戸時代末期、吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文(初代総理大臣) 木戸孝允(維新の三傑) 井上馨(外務大臣) 山県有朋(総理大臣) 遠藤勤輔(大阪造幣局長)などの足跡が街のそこかしこに残されている。


萩城下町観光を終え北の総門入口から《まぁーるバス》に乗って東萩駅に戻って、コインロッカーの荷物を持って松蔭神社まで歩き、松下村塾、松蔭神社、至誠館を見学。


高杉晋作や伊藤博文など貧しい下級武士の若者達がこの小さな塾で学び明治維新を成し遂げるという奇跡のような話は現代に生きる同じ日本人とは思えないほどに崇高で美しい生き方に感動する。
松蔭神社から左の丘の上に今夜の宿「萩本陣」が見える。


萩・松下村塾
出典
萩市観光協会案内
松下村塾

幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。塾は天保13(1842)年、松陰の叔父である玉木文之進が自邸にて開設。後に松陰の外伯父にあたる久保五郎左衛門が継ぎ、安3(1856)年から同6年は、松陰が実家杉家邸内の納屋を増改築して開いた。塾では身分の区別なく学ぶことができ、幕末維新期に活躍し、近代日本の原動力となった数多くの逸材が輩出された。この塾に通っていたのは主に近所の青年たちで、高杉晋作のような士分の存在は稀な存在であった。外観は瓦ぶきの家で、講義室だった8畳の部屋には松陰の像と机が置いてある。


長州藩の小さな私塾・松下村塾からは門下生、高杉晋作、山田顕義、伊藤博文、山県有朋、久坂玄瑞、、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、野村靖、飯田俊徳、天野清三郎、松浦松洞、増野徳民、有吉熊次郎などがいて、明治維新を成し遂げたあと明治政府の要人となっていく人材を多数輩出する。
すでに江戸に出て活動していた木戸孝允(桂小五郎)も松陰からは大きな影響を受けた一人。

出典
萩市観光協会案内
松蔭神社

明治23(1890)年に吉田松陰を祀って建てられた神社。松下村塾改修時に松陰の実家である杉家により私祠として村塾の西側に土蔵造りの小祠が建立された。その後、門人の伊藤博文、野村靖などが中心となり、神社を公のものとして創設しようという運動が起こり、明治40(1907)年、県社の社格の神社創設が許可された。現在の社殿は昭和30年に新しく完成したもの。御神体は松陰が終生愛用した赤間硯と父兄宛に書いた文書が遺言によって納められている。旧社殿は「松門神社」として、松陰の門人であった人々の霊を祀っている。学問の神として信仰が厚く、境内には有名な松下村塾、松陰ゆかりの史跡や展示館などが点在。吉田松陰幽囚ノ旧宅も隣接している。


松下村塾から松蔭神社宝物館に松蔭にまつわる遺品や資料を見学して松蔭神社をお参りする。


暮れかかった街を歩いて17時宿・萩本陣にチェックインする。
着替えて宿自慢のお風呂に入る。
いくつもの湯船に趣向を凝らしてはいるものの、団体客で騒々しくおよそゆったり入れる雰囲気ではなくがっかりした。それほど趣向をこらさなくてもゆっくり静かに入れるのが一番。


写真は萩本陣ホテルホームページより。 上からエントランス・お風呂いろいろ・レストラン(朝・夕)

夕食はレストランでいただく。ここもきれいだがやはり落ち着かない雰囲気。料理は一品一品運ばれてくるが格好ばかりでそれ程の内容の料理でなかった。 ここもきれいだがやはり落ち着かない雰囲気で宿選びに失敗したと思ったが、部屋は萩の夜景もきれいに見え静かでゆっくり休めたのは幸いだった。 

明日12月3日(土)は萩から温泉津温泉への移動だけなので久しぶりにゆっくり出来そうだ。
2011年12月3日(土)
曇り時々雨
萩本陣
東萩駅
益田
浜田
温泉津温泉
輝雲荘・静仙館
温泉津温泉元湯

早朝5:00起床、お風呂に入り ラジオ体操して萩本陣・二階レストランで朝食。
ブッフェで夕食よりはよほどましだったが相変わらず騒々しいのは昨夜と同じ。団体旅館の宿命、選んだのが失敗。ただ若い従業員方達の接客だけは親切で、てきぱきとしていて気持ち良かった。
どんよりあいにくの空模様だ。
9時頃チェックアウトして宿の送迎バスで東萩駅へ、9:44発の電車で10:56益田駅着、11:09電車に乗換え11:56浜田駅着。今夜の宿は旅館の離れの一軒家に素泊まりで、食は自分で調達しなければならない。
浜田駅着く手前で列車の窓からスーパーの看板を発見、乗換え時間にそのスーパーへ夕食材料を買いに行く。 日本海が近いせいか魚は豊富で、広島生牡蠣まであり嬉しかった。それを2パックとお寿司や野菜、果物、パンなど買って駅に戻る。  空は雨模様だが、今日は観光もなく移動だけなので助かる。


温泉津温泉駅(ゆのつおんせん)

浜田駅を12:49分の電車に乗って温泉津温泉駅には13:35分に到着。 駅には予約の際 宿に迎えをお願いしておいたので、改札口に2人の着物姿が見え直ぐに宿の迎えの人とわかる。
「...様ですね?」と尋ねられ「ハイ」と答え駅前に停車中のバンに乗せてもらって、今夜の宿・輝雲荘へ。 10分くらいで着くと、本館のフロントでチェックインの手続きをして車に戻り 今夜とまる離れの一軒家に案内される。外見とはうらはら中はびっくりするほどきれいで、台所やお風呂、洗面所などの設備は最新式で機能には感心させられた。
輝雲荘・静仙館(別館)に泊まる。

夜になってから、浴衣の上に厚手のどてらを着てマフラーをまいて小雨の中歩いて共同風呂へ行く。 温泉津温泉(ゆのつおんせん)には泉質のいい共同風呂が2つある。どちらに入るか迷ったが建物に引かれて薬師湯に入ることにして、入口で300円入浴料を払いお風呂へ。洗い場も少なく、数人でいっぱいになるほどの狭い湯船だが冷えた身体にはしみるように暖かく気持ちよい。湯は茶色の含土類食塩泉。口八丁の女主人の講釈は少し鼻につく。やはりたたずまいは古いが元湯の方に入れば良かったと後悔する。お風呂から出て宿・輝雲荘本館のお風呂にも入っていく。こちらも同じ泉質らしく茶色で立ち寄り湯より少しぬるめのお湯だった。


温泉津温泉

お風呂をはしごして又冷たい小雨の中を宿に帰る。Mが帰るのを待って夕食の仕度をする。牡蠣も新鮮で美味しく二人でのんびりこういう食事もいいもんだ。

エアコンで部屋は暖かくして寝たが、たたみに近い下は暖房が届かずとても寒かった。

今日の歩行数 僅か2657歩 1.8q 
2011年12月4日(日)
輝雲荘
温泉津温泉駅
石見銀山へ⇒
4:30分起床、寒い。 ラジオ体操して朝食は昨日買っておいたパンですまし、7:15分約束の時間になっても宿の送迎バスがこない。電車の時間があるので輝雲荘・本館へ歩いて行きフロントで事情を話すと案の定昨日頼んでおいた人が忘れていた様子で恐縮しながらすぐに車を用意してくれ駅に送ってもらう。

世界遺産・石見銀山へ⇒


岡山・倉敷・
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岩国・湯田温泉
秋芳台
長門湯本温泉
萩・温泉津
石見銀山
出雲・玉造温泉
松江・八雲足跡
宍道湖温泉
境港水木ロード
倉吉・三朝温泉

湯村温泉
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